Column

野球部は大きなファミリー!母校を率いる指揮官の熱い思い 益田東(島根)【前編】

2019.07.15

 いわゆる「大所帯の私立強豪校」を想像していると、いい意味で“裏切られる”野球部だ。

 練習量は多いが、選手たちの表情は明るく、笑顔が見えることもめずらしくない。100人を超える部員が在籍しているが、“何もしていない”選手は皆無で、場所と時間を効率よく使いながら練習に励んでいる。

 「『ここに来なければよかった』とは絶対に思わせたくないし、思わせたらいけないと考えています」
 こう指導方針を語るのが、益田東を昨年夏の甲子園に導いた大庭敏文監督だ。大学卒業直後の2004年から、母校である益田東の監督を務めている。ここ数年は部員100人を超える大所帯が続いているが、部員間の繋がりを重視したファミリー感のあるチーム作りを徹底。そこには、大学卒業直後から母校を率いる指揮官の熱い思いがあった。

恩師からの打診

野球部は大きなファミリー!母校を率いる指揮官の熱い思い 益田東(島根)【前編】 | 高校野球ドットコム
大庭敏文監督

 大阪体育大卒業直後から、益田東の指揮を執る大庭監督。大学進学時に教員を志し、野球部では学生コーチとして奮闘していた。大学3年の秋には、大阪府内の高校から教員としての採用の内定をもらっていた。しかし、大学4年の春、母校からの連絡で大きく人生が変わっていった。

 「当時の校長から『野球部の監督をやってみないか』という打診をいただきました。突然のことで、最初は驚きしかありませんでした」

 学生コーチとして野球を学んだとはいえ、高校野球での指導者経験は皆無。「ありがたい話だけど断ろう」と考えが固まりかけていたころ、高校時代の恩師である三上隆氏監督から連絡が入った。

 「三上先生から『自分の教え子に監督を引き継いでもらうことが夢なんだ』というお話をいただきました。そして、まだ歌えていない甲子園での校歌を聞かせてほしいという夢を教えていただいた。恩師からの言葉で覚悟が決まりました」

 内定先の高校に急いで辞退の連絡を入れ、打診を受諾。4年ぶりに母校に帰ってきたが、就任当初は“壁”だらけだった。
「指導者経験は、大学での学生コーチのみ。文字通り『右も左もわからない』状態で、当然上手くはいきませんでした」

 大学を出たばかりの23歳。「なんであんな若いヤツが」「もっと適役がいるだろう」と、厳しい言葉を投げかけるOBたちも少なくなかった。
 ただ、若さ故のエネルギーとあり余る情熱はあった。監督として、一教員として、四六時中選手たちのことを考え続けた。大庭監督の就任直後に入学し、最高学年時は主将も務めた中村太郎コーチは、当時をこう振り返る。

 「当時は監督も若くて、とにかくエネルギッシュ。今よりも練習は厳しかったんじゃないかなあ、と振り返ってみても思いますね(笑)。年齢も近くて、指導者でありながらも、選手たちの“兄”のような存在だと感じていました」

 熱意は徐々に実を結び始め、2008年夏の県大会で就任後初めての4強入り。さらに翌2009年夏も好左腕を擁して大会を勝ち進み、2年連続の4強進出を果たした。

 初めて県優勝のタイトルを手にしたのは、2016年の秋。そのチームで迎えた2017年夏に、就任後初めて夏の決勝まで駒を進めた。勝てば益田東にとって17年ぶりの甲子園出場が決まる大一番、開星との一戦は大庭監督にとって悔いの残るものとなった。
「この決勝戦、『落ち着かないといけない』と考えすぎてしまいました。監督の自分が平常心を装ったことで、その様子が選手たちにも伝わってしまったと思っています」

 試合は5対2で開星が勝利。ノーシードから逆転優勝を果たしたライバルの姿を見て、ひとつ気づいたことがあった。

 「開星の山内(弘和)監督を見ていると、山内監督も準決勝までと様子が違って見えました。これは私の推測でしかないんですが、山内監督も平常心ではなかったと思います。でも、私と違うのはそれを受け入れて、むしろ勢いに変えていた。決勝がどういうものかを理解して、ありのままの自分で勝負されていたと思うんです。完全に監督の差で負けた試合だと」

[page_break:大敗後「整った」ことで掴んだ夏/再びの開星戦]

大敗後「整った」ことで掴んだ夏

野球部は大きなファミリー!母校を率いる指揮官の熱い思い 益田東(島根)【前編】 | 高校野球ドットコム
ウエイトトレーニング

 無念の準優勝に終わった2017年夏だったが、稲林隼人(現・大阪体育大)、首藤舜己(現・大阪産業大)ら下級生レギュラーとして活躍している選手も多かった。豊富な経験値を武器に秋も勝ち進み、準決勝で開星と対戦。しかし、ここでも1対4で敗戦。それだけでなく、西部地区予選を突破して臨んだ、春の県大会初戦でも開星に4対0の完封負けを喫した。
この敗戦後、「球場で声を荒げることはほとんどない」という大庭監督が、めずらしく強い口調で選手たちを諭した。

 「負けた後のウチの選手たちの動きがよくなかったんです。すばやくベンチを引き上げなければならないのに、ダラダラと片付けをしている。たまらず『死ぬくらいの覚悟を持って野球をやっとるんか! 何度も同じ相手に負けて悔しないんか! ここから夏までオレは死ぬ気でやるぞ!』と球場の外で話をしました。死ぬという言葉を安易に使うべきではないと思うんですが、それくらいの覚悟を持ってほしかった」

 この試合を転機に、「練習での目の色が変わってきた」とも振り返る大庭監督。熱のこもった練習を重ねて迎えた6月後半、広島の強豪・広陵との練習試合が指揮官にとってのターニングポイントとなった。

 「試合は公式戦だったらコールドで打ち切られるほどの大敗。内容は完敗でしたが、不思議と『あ、整った』と直感したんです。今思うと、自分のなかで戦い方の整理がついたのが、このタイミングだったんだと思います」

 同時に「今年勝たなければ」という強い決意も芽生えたと振り返る。
「甲子園に出たことがなかったので、『このチームは甲子園に行ける!』という確信は持てませんでした。でも、選手たちの技術、精神面を見ていて『このチームで出られなかったら、自分は一生甲子園に縁がないんだろう』とは直感していました。今年勝てなかったら、一生勝てない。周りにも意識してそう話していました」

 技術面では打撃の考え方を選手たちに再度説明。「ボールの前後10センチを振る」イメージを再確認し、打てるポイントの広いスイングを身に付けさせた。また、秋から春にかけては、狙い球、コースの絞り方などを細かく大庭監督が制限をかけていたが、夏はこれを取り払った。指揮官の言葉を借りれば、「最後の最後で解き放つ」。こうして、勝負の夏を迎えた。

再びの開星戦

野球部は大きなファミリー!母校を率いる指揮官の熱い思い 益田東(島根)【前編】 | 高校野球ドットコム
安田陸人(益田東)

 ノーシードながら組み合わせの関係で2回戦スタートとなった夏の島根大会。初戦を危なげなく突破し、迎えた3回戦の相手は開星だった。昨年夏から合わせて4季連続の対戦。雪辱を期す一戦は、稲林隼人(現・大阪体育大)、乾豊(現・阪南大)、安田陸人の3人から一発が飛び出すなど、進化した打撃で宿敵を退けた。

 準々決勝では指揮官の恩師・三上前監督の母校である浜田を、準決勝では自身2度目の夏4強進出時の対戦相手で、「当時戦うなかで『こんなチームを作れたら』と思わされた」立正大淞南を、そして決勝では「同じ大阪出身で尊敬する先輩です」と語る末光章朗監督が率いる石見智翠館を下して、頂点に立った。益田東にとって2000年以来18年ぶり、大庭監督の就任15年目で掴んだ栄冠だった。

 2年連続となった決勝戦では、昨年の反省を生かし、とにかく“自然体”を貫いた。「平常心を装わず、決勝で緊張している自分を選手たちにさらけ出す」。これが試合への入りを好転させ、終始優位にゲームを進めることに繋がった。

 傍から見ていると、最大のターニングポイントは開星へのリベンジを果たした3回戦に思えた。「あの1勝で甲子園が視界に入ってきたのでは」と大庭監督に投げかけると、こう答えが返ってきた。

 「たしかに、あの一戦は大きかったです。でも、本当に最後のアウトを取るまで、もっと言えば取った直後も『本当に甲子園に決まったんかな?』と思うくらい優勝の実感がありませんでしたね(苦笑)」

 そして、「ただひとつ言えるのは…」と、こう付け加えた。
「就任から昨年夏までの15年間の選手たち全員が勝たせてくれた。毎年毎年、指導するなかで私が学ばせてもらったことが繋がって、教え子全員が甲子園に行かせてくれたのは間違いありません」

(取材・井上 幸太

前編はここまで。後編では総勢126名で効率よく行う練習法や夏連覇に向けた意気込みを聞いた。

【後編を読む】「甲子園は毎年行かなければならない」を実現するために夏連覇に挑む 益田東【後編】

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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