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県立杵築高等学校(大分)「小さな城下町の誇れる野球部。再び聖地への大海へ」

2017.06.28

 2012年、第94回夏の甲子園大分大会。波乱が相次いだ大会を制したのは国東半島の南端、別府湾に面した人口30,000人余りの城下町・杵築市にとって市内唯一となる普通科高等学校・大分県立杵築高等学校であった。

 晴れ舞台では初戦の常総学院(茨城)戦で当時2年生だった内田 靖人(現・東北楽天ゴールデンイーグルス)らに痛打を浴びて0対14と大敗したが、その後も昨秋の九州大会に進出するなど、安定した成績を残している杵築。その理由はいったいどこにあるのか?現地での空気を体感してみた。

地元で支える「おらが街」の野球部

県立杵築高等学校(大分)「小さな城下町の誇れる野球部。再び聖地への大海へ」 | 高校野球ドットコム

2012年夏・甲子園出場の記念碑

 国東半島・別府湾。その先には愛媛県の佐多岬。海沿いには江戸時代は杵築藩松平氏の城下町として栄えたことがしのばれる風情のある街並みが並ぶ。ここは大分県杵築市。その中心部から車をJR杵築駅方面に西方へ数分走らせると現れるのが1897年開校・野球部創部1948年の伝統校・大分県立杵築高等学校である。

 校舎の前に広がるグラウンド。その傍らには1つの野球部父母会によって建てられた石碑があった。「第94回全国高等学校野球選手権大会・甲子園 初出場記念」。そう、5年前の2012年、杵築野球部はこの地から甲子園へ羽ばたいた。第3シードから発進すると2回戦からは4試合連続二けた安打で初の頂点へ。しかも、選手たちの大半は通学組であった。

 その原動力とは何か?その1つには地元での絶大なる支援がある。
「じゃあ、行きましょう」小野 剛志部長が運転する車は、丘の上にある杵築高校から数分走り、市営野球場の前で止まる。

「毎年、地域の各中学校軟式野球を引退した中学3年生は、野球部OBなどのご指導による地域型スポーツクラブ(NPO法人OKYさわやかスポーツクラブ)で硬式野球に慣れていくんですよ。もちろん他校に行く選手もいますが、ここでの経験を経て杵築野球部に入ってくれることはすごく大きいです」

「2012年夏の甲子園をきっかけに杵築を目指すようになった」当時中学1年生だった現3年生たちも多くが、この「NPO法人OKYさわやかスポーツクラブ」硬式野球教室の経験者。地元で支える「おらが街」の野球部はこういった地域の支援もあり、2012年の快挙につなげていった。

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甲子園の「苦み」経て「自然活用」練習へ

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阿部 知巳監督(杵築)

 とはいえ、杵築の初甲子園は非常に苦いものだった。初戦で強豪・常総学院(茨城)の厚い壁に跳ね返され被安打14で0対14。

「大分大会で三振を取れていたものが取れず。相手に余裕を与えて、逆に自分たちの余裕がなくなる。アウトにならない常総学院に対し、必死にアウトを取る感じでした」
3回裏に打者15人を送り込まれ10失点し、打線も4安打に終わった1時間57分を、杵築での現役時代は佐伯鶴城の野村 謙二郎氏(前:広島東洋カープ監督)、柳ヶ浦の生田 勉氏(現:亜細亜大監督)、国東の吉田 豊彦氏(現:高知ファイティングドックス投手コーチ)らと覇を競い、現在母校就任8年目の阿部 知巳監督が振り返る。

 ショッキングな大敗。ただ、杵築はこの経験を「良薬は口に苦し」に変えた。では、2013年以降、杵築が残した県ベスト4以上を見てみよう。

2013年:春季大分県大会優勝、秋季大分県大会優勝
2014年:5月開催・大分県選手権優勝、全国選手権大分大会ベスト4
2015年:全国選手権大分大会ベスト4
2016年:秋季県大会準優勝
2017年:春季県大会ベスト4

 2013年は春の九州大会準優勝。秋春連続九州大会出場。昨秋も九州大会に出場。このように杵築は2012年以降、阿部監督が掲げる「九州大会のようなレベルが解る舞台に出て、全国にどれだけ近づくか」のメソッドを常に経験者を残す形で引き継いできた。

 そして、杵築では全国強豪を上回るために不可欠な「独自性」を出す練習も取り入れている。一例は冬場を中心に週1回取り組んでいる「自然活用練習」である。

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クリーチャートレーニングを行う杵築の選手たち

 起伏あふれる5㎞の道のりを走り、手始めは50m近くの高低差がある300mの急坂を1分以内に駆け上がるダッシュ。砂浜へ行くと体操、200m直線をダッシュ、クリーチャー、船舶係留用の荒縄を使った「いぐわな縄跳び」などなど。選手たちはときおり「ウォオ!」と叫び声をあげ、時にはお互いを鼓舞しあいながら砂と格闘する。

「コーチ時代含めて冬は9年連続でこういった練習を行っています。グラウンドと違って選手の弱さが見える中、超えた時が成績を残していきます。下半身・股関節が鍛えられるから、学校に帰ってバッティングをすると力強い打球が打てる。

 さらに言えば、2012年にはすごく太った子がいたんですが、この練習を通じてみんなで支えていく意識ができた。それが甲子園につながりました」(阿部監督)

 年末には宮﨑県日向市の小倉が浜合宿で通常と違った砂浜との格闘も行う。「砂浜で自分を追い込むことで、キツところ、接戦や延長戦で頑張れることを感じている」と、副キャプテン・リードオフマンの木下 遥人(3年・右翼手・右投左打・178センチ73キロ・杵築市立日出中出身)も精神的含めた効果を認める。このようにして全国屈指の強豪であるウエイトリフティング部の用具も活用したフルシーズン週2回のウエイトと並行し、彼らは強い身体を手に入れるのだ。

 加えて現チームでも「中学までは右打ちだったが、遊びで左打席にも入っていた」主将の田中 拓真(3年・遊撃手・173センチ72キロ・右投左打・杵築市立宗近中出身)を「コイツはこうと決めるとバリエーションがなくなる」と、正式に左打ちにする阿部監督の柔軟性。

「先が硬くて細いのでどこでインパクトをとらえるべきか明確に解る」と坂本 斗和(3年・投手兼二塁手・右投右打・180センチ79キロ・宇佐市立駅川中出身)が語るロケットバットの使用など固定概念を排した打撃指導。そしてこれらと併用し「自然の力」を採り入れる杵築。これが公立校にして強くあり続ける彼らの流儀だ。

[page_break:県内完結大会を活用し、主要大会につなげる]

県内完結大会を活用し、主要大会につなげる

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杵築の3年生 右から田中 拓真・太田 凌輔・市原 光生・木下 遥人・坂本 斗和・市原 良生

 このような独自性あふれる練習に加え、杵築は試合を活用することも忘れてはいない。実は大分県は他の都道府県と比べ県内で完結する公式大会が多い。新チーム発足後は新人大会と同じ格付けの「大分県選手権」。秋県大会の後には「1年生錬成大会」。5月には県で完結する「大分県選手権」もある。

「公式戦ではまずは夏の大分大会のシードを取りに行くんですが、それと同時にテーマを与えることも大事。そして、県内ライバル校のエースと似たチームと練習試合も組みます」(阿部監督)。例年6月3週目に組む鹿児島実(鹿児島)、熊本工(熊本)との練習試合を夏に向けての大きな試金石としながら、杵築はテーマを与えた試合も設定する。

「8月の県選手権では大分に負けた(1回戦・1対4)後、『点を与えなければ負けない』ことを掲げ、バウンドの合わせ方から見直してミスをなくすことと、ノックで判断を磨いたら秋に勝てるようになりました(3回戦で2対1)」と、副キャプテン、かつ「追い込んだら変化球の意識を秋にかけて持つようにした」双子の兄弟である市原 良生(3年・投手・176センチ79キロ・右投右打・別府市立北部中出身)はじめ、太田 凌輔(3年・投手兼外野手・左投左打・178センチ65キロ・杵築市立杵築中出身)、坂本をリードする市原 光生(3年・捕手・右投右打・177センチ79キロ・別府市立北部中出身)がその一端を話してくれた。

「県大会決勝戦の明豊戦ではチャンスに取れず、九州大会初戦の鵬翔(宮崎)も3点を先制しながら声の連携含めたミスの連鎖と失投で負けてしまったけど、キーマンに回すことなく1点差で逃げ切れた大分戦の最終回をはじめ、共通意識を持つことができた」と、冷静かつ詳細に昨秋の収穫と課題を振り返る選手たち。そこには夏の大分大会に集大成を見せようとする謙虚な顔があった。

「志四海」の意思を持ち、チームで大海に漕ぎ出す

 かくして春の県大会もベスト4に進み、来る夏の大分大会では第2シード(注:大分大会は第1・第2シードは2校、第3シードは4校・計8校選出)の1つとして挑む杵築。「『チームワークをどのチームよりもよくしていく』ということでこの代は始まったんです」と明かした太田は改めて誓う。
「チームの行動指針には『温度差なし』というのがありますし、レギュラーも控え選手も一丸となってやっていきたいです」

 最後に3年生選手15人・マネジャー1人、2年生選手17人・マネジャー2人で冬を乗り越え、4月からは新入生も加わった大所帯のチームを束ねるキャプテンの田中が語気を強めた。
「練習試合では遠征もたくさん入れて頂いているので、そこをしっかり活かして大分大会に優勝して、甲子園で『1勝するために』ベスト4を目指したい」

 学校入ってすぐに聳え立つ「志四海」の石碑の意味。1957年に4度に渡り外務大臣を務めたOB・重光 葵氏から授かった「四海を志す。志が全世界を覆う。志を全世界に及ぼす」を体現するため。杵築はここまで4大会すべてで県優勝の明豊大分商の第1シード勢。第2シードのライバル大分。前・八重山商工監督の伊志嶺 吉盛氏が大分県で夏最初の指揮を執る日本文理大付。さらにプロ注目の田中 瑛斗がエースの柳ヶ浦など戦国模様となっている43校の間隙を縫い、5年ぶりに聖地への大海に船を漕ぎだす。

(取材・文=寺下 友徳

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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