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県立いなべ総合学園高等学校(三重)「野球ノートに書いた試合の振り返り方」

2017.01.21

 2016年・公立校として市立和歌山(和歌山)と共に連続甲子園出場を果たした三重県立いなべ総合学園高等学校。夏の甲子園では2勝をあげベスト16入り。「公立校の星」として名をとどろかせた。
そんな彼らがセンバツまでたどり着き、夏の三重大会を目前にするまでの道のりは「野球ノートに書いた甲子園4」に詳しく描かれているが、今回は『試合の振り返り方』特集の中で、その後のいなべ総合学園の試合の振り返り方を3年生たちのノートを中心に紹介していく。

困難を打ち破った野球ノートでの「決意」

県立いなべ総合学園高等学校(三重)「野球ノートに書いた試合の振り返り方」 | 高校野球ドットコム

尾﨑 英也監督(県立いなべ総合学園高等学校)

「成果を見ると凄いことをしたなと思います。甲子園に出ることだけでも大変。甲子園で1勝するのはもっと大変。ましてや公立。そこで思うのは『このスタンスで高校野球をやってきたことが決して間違っていなかった』ということですね」

「2016年夏」を思い出し、尾﨑 英也監督は改めて感慨にふける。確かにその通り。連続出場を果たしたどころか、は甲子園2勝。センバツ優勝の智辯学園(奈良)ですら夏は甲子園1勝のみ。準優勝の高松商(香川)をはじめ、多くのセンバツ出場校が地方大会で涙を吞んだ中、彼らの残した成績は非常に価値が高い。

 しかも、この2勝は満身創痍の中で勝ち得たものだった。「野球ノートに書いた甲子園4」の末尾で触れた投手陣故障のうち、センバツ高松商戦(試合レポート)で先発した山内 智貴(3年)はなんとか三重大会終盤に間に合ったものの、同じく高松商戦でリリーフした最速144キロ右腕・渡辺 啓五(2年)は、甲子園でブルペンに入るも登板は果たせず。三重大会序盤はいわば「飛車角落ち」で臨んでいた。

 そんないなべ総合学園に救世主が現れた。センバツ後「最後の夏、俺は人生で最高のピッチングをする。そして甲子園が決まる瞬間、マウンドにいる」と野球ノートの下に書き続けた3年生右腕・水谷 優である。センバツではベンチ入りも登板なし。そこからの大逆転への要因を彼自身はこう分析する。

「最初はシャープペンシルで書いていたんですが、数日続けていると先生(尾﨑監督)から『赤字で書け』と言われたんです。ただ、赤字だと先生の返事と被るので、紫のペンで書き始めて、三重大会の決勝戦前日まで書き続けました。毎日達成する気持ちを持って」

[page_break:いなべ総合学園、躍進への綿密な「根拠」]

 努力と同時に願いを込め続けた日々。そして三重大会では2年生左腕・赤木 聡介とフル回転し、「バランスも大切だが気持ちで投げる」と準々決勝から復帰したエース・山内をも刺激。そして7月28日の三重大会決勝・津田学園戦……。最後にマウンドに立っていたのは水谷 優であった。

 その日、「今日は人生最高の日になった」と綴った、水谷の野球ノートは「そして甲子園が決まる瞬間、マウンドにいる」から「そして甲子園のマウンドで躍動する」に書き換えられた(※野球ノートの画像参照)。そして甲子園でも山内や赤木と共に好投。彼の決意は個人の想いだけでなくチームの想いも叶える原動力となった。

いなべ総合学園、躍進への綿密な「根拠」

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渡邉 雄太選手(県立いなべ総合学園高等学校)

 もちろん気持ちを最大限発揮するには根拠が必要である。「いいピッチングをしてもらうために情報を収集することには気を遣いました」と尾﨑監督。いなべ総合学園では2016年夏、三重大会ではベンチ外の3年生が対戦相手を分析しまとめ。甲子園では指揮官自らが鶴岡東(山形)、山梨学院(山梨)、秀岳館(熊本)の情報を「ストライク率」「内外角率」に至るまで詳細に情報を集め、その要所をまとめて選手たちにプリント配布していた。
 

 例えば守備では「インコースを使え」と「9回3失点以内」を大きなテーマとして提示。その上で、捕手の渡邉 雄太は「全体ミーティング後にバッテリーコーチの長嶋 斎直さんと1打席目でこれまでのデータを微調整して、2打席目以降に配球を決めていました」。時に大胆とも思える配球はすべて理詰めの賜物だった。

 攻撃でも「事前にDVDを見ることで相手投手のイメージを持って臨んでいた」と4番の藤井 亮磨。もちろん、ここにも詳細なデータがベースにある。加えて「外野同士、内野同士のポジショニングを密にすることで、試合中でもポジショニングを変えている」と主将の上中裕太三重大会津田学園との決勝戦9回裏、4番打者に対し「点差も(6点)あったので、いつも通りライトフェンスギリギリのフライを捕球できた」守備と「はじめから決めて走った」山梨学院戦の二盗など、尾﨑監督から「スピードスター」と評される宮﨑 悠斗の活躍も配球も含めた微調整があってこそ。

[page_break:「全国公立校の星」になるために]

 課題点の抽出も個とチームで欠かさなかった。「自分の打席に納得いかなかったり、思い描いていたものと違った場合、その原因と対策は常に考えています」と宮﨑が語れば、「チーム全体の反省は、みんなで共有して言うようにしていました。三重大会前に試合モードへ変えていくことは特に気を遣いました」と主将の上中も振り返る。

 その集積は海をも越えた。「侍ジャパンU-18でもチャイニーズ・タイペイや韓国のデータはみんなで取っていましたね」と渡邉 雄太いなべ総合学園で培った習慣は、第11回BFA U-18アジア選手権で頂点を獲得する過程でも十二分に活かされた。

「全国公立校の星」になるために

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山内 智貴選手の野球ノート(県立いなべ総合学園高等学校)

 かくして、気持ちと根拠を符合させて甲子園2勝まで駆け上ったいなべ総合学園。だが、甲子園では一時期、目標を見失いかけた。上中が当時を振り返る。

「僕らは甲子園1勝を目標にしていたので、鶴岡東に勝ってみんなが達成感に満ちあふれていたんです。次の試合へのモチベーションもなかなか上がってこなかった。その時、ミーティングでトレーナーさんに言われたんです。『全国の公立校に勇気や希望を与える闘いをして、全国公立校の星になろう』と。公立校として私学校を倒すことはそれまでも目標にしていたことだったので、みんなもそこで公立校としてもっと上に勝ち上がる使命感が芽生えました」

 8月12日、上中の野球ノートには「全国公立校の星になる」が大きく刻まれ、いなべ総合学園は山梨学院にも勝利。「全国公立校の星」に彼らは確かになった。
 

 8月16日・秀岳館に敗れた後、ベスト16を「今までしっかり努力を重ねてきたらの結果だと思う」と振り返った藤井はこう締めくくる。「高校野球、ありがとう」

「自分のすべてが詰まっている」(山内)野球ノートを手に。3年生はそれぞれの道で人生を歩むため。1・2年生は秋・三重県大会準々決勝で敗れた悔しさを忘れず、再び甲子園に戻るため。いなべ総合学園が真に「全国公立校の星」になるための闘いは、これからも、そして永遠に続いていく。

(取材・文=寺下 友徳

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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