Column

都立昭和高等学校(東京)

2016.05.19

春季東京都大会で早稲田実業を下して、一躍注目の都立昭和
~グラウンドも完成し“一発芸”で度胸がついたから「大丈夫だぁ」~

 春季東京都大会2回戦。雨で、2日間も日程がずれた中、注目の早稲田実業を倒した都立昭和。これで、一気に注目される存在となったのだが、過去にもベスト4、ベスト8に進出するなど、都立の強豪としての存在は示していた。久しく学校の改修工事などでグラウンドも使用できない状態が続いていたが、それでも工夫しながら日々の練習を重ねてきた。そんな都立昭和の野球部は、明るく元気な仲間たちのいる集団だった。

足掛け3年の校舎・グラウンド改修工事終了

昨年11月にようやく完成したグラウンド(都立昭和高等学校)

 JR線で立川駅から拝島方向へ二駅進むと、線路沿いに新しく改修された都立昭和高校のグラウンドと校舎が見えてくる。東中神駅から徒歩数分。東京都大会の会場にもなっている[stadium]ネッツ多摩 昭島スタジアム(昭島市民球場)[/stadium]からも程近いところにある。

 この4月には、美しい桜の花で包まれていた。グラウンドは昨年の11月に完成したのだが、この校舎とグラウンドの改修に約3年かかったという。今の3年生たちにとっては、やっと出来た自分たちのグラウンドである。

 春季大会では背番号1を背負った松崎 大河君は、入学して初めて自分たちのグラウンドが出来たということについて、素直な気持ちを述べていた。
「中学の時もグラウンドはなかったんで、僕は(グラウンドがないということを)それほど感じなかったんですけれども、出来た時は嬉しかったですね。やっぱり、(グラウンドがあるのとないのとでは)違います」

 また、打撃力が向上したという塩川 優太君は、
「やっとまともな練習が出来るようになったなぁと思いました。成果としては、自分も打てるようになったので、やっぱりバッティング練習が思い切り出来るようになったのは大きかったかなぁと思いましたから、(練習内容もチーム力も)変わったなぁと思いました」

 主将の寺園 響君は自信を持って言う。
「ずっと、グラウンドのない状態でしたから、やっぱり嬉しいですね。だけど、僕たちはグラウンドがない状況にも慣れていました。だから、この前の早稲田実業戦のように、雨で試合が流れても慌てることはありませんでした。(雨の日の練習をどうするのかという)その対応も大丈夫でした」

 そして、その言葉通り、春季大会2回戦では、メディアの注目を一身に集めていた早稲田実業を逆転で堂々と下し、一躍注目を浴びるようになった。8回に一気に大量点を奪ったことで、「脅威の8回」が都立昭和の持ち味にもなった。

ボードを活用した心理作戦も大きい

 その際に、森 勇二監督は、「天才バカボンのパパ作戦」などと言っていたが、これは毎試合ごとに、その日の試合でのテーマをボードに手書きしていくことで、選手たちの意識を統一させていくという心理作戦でもある。早稲田実業戦の時には、「人間万事塞翁が馬 これでいいのだ。“~のに”を“~のだ”に変える」ということを書いた。

 このボードへの手書き戦術は、実は森監督がまだ、教員になる前に在籍していた養護学校の講師時代に、ある切っ掛けで学んだものだという。当時の校長先生が定年退職となり、当時はまだ駆け出しの25歳だったが、その送別会に呼ばれて、その時に呑みながら話してもらったヒントからだった。

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[page_break:ボードを活用した心理作戦も大きい]

秘密兵器ともいえるボード(都立昭和高等学校)

「目からの情報は、耳からだけの情報よりも、より強く頭に残るということを言われたんですね。だから、伝えたいことは目で見せた方がいいということです。それで、ボードに書くときはいつも、自分が今から何を書くのかということを生徒たちに見せながら書いています。学校の教室の板書と一緒ですよ。

 だから、僕も書き順や文字を間違えちゃいけませんからね、漢字なんかも確認しますよ。『塞翁が馬』なんて、難しい字ですから、事前に確認しておかないとね…(笑)」

 ギャグを交えながら、書くという現場を見せることが大事だということを強調して話してくれた。
「結局は、同じようなことを書くのですけれども、それをいろんな言葉で伝えて書いていくことです」と、言葉の大切さも感じている。

「天才バカボンのパパ作戦」とは、つまり何が起きても、『これでいいのだ』とプラス思考で考えていくということを意識づけしていったのだ。だから、何が起きても慌てない。そんな意識を全員に持たせていくという考え方である。それは、寺園君の言う、『雨で延びても、普段通り』という言葉にも表れている。だから、主将として、寺園君は早稲田実業戦に対した際の心構えについても、自信を持って語っていた。

「テレビ(クルー)が来たり、いろんな人たちが多く来ていて、普段とちょっと違う感じだったんですけれども、僕たちは、自分たちのことを普段通りやっていけば、負けることはないと思いました」
と、気持ちがブレなかったことに自信を持っていた。

 こうした意識作りが、練習グラウンドに恵まれない中ででもやってこられたことによって培われた自信となっていくのかもしれない。また、ボードの効果については、「課題が、明確になっていくので、試合の勝ち負けだけではなく、試合の内容を見ていくようになってきましたから、一つひとつの試合の濃さが違うと思います」と語ってくれた。

“一発芸”も度胸づくりのための大事な練習

 選手たちの動揺しない心を育んだり、度胸をつけていくという要素の一つに、都立昭和の場合はその日の“一発芸”というのがある。

 そんな、一発芸について塩川君は、「これは、最初の切っ掛けとしては、その日に何かやらかしちゃったヤツ、忘れ物をしてきたとか一番何か良くないことをしたヤツがやるんですけれども、それがいつかローテーションで回るようになって、必ず一回は回ってくるようになってきました。一発芸をやることで、度胸がついてきたというところはあると思います」

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[page_break:“一発芸”も度胸づくりのための大事な練習]

受け狙いよりも、度胸づけの一発芸(都立昭和高等学校)

 寺園君も、「ウケる、ウケないということではなくて、それで度胸をつけるということはあります」と、その効果を語る。

 その成果について、早稲田実業戦では好投して早稲田実業打線を抑えた田舎 凌君は、「結局、大抵みんな経験をしています。それがあったから、球場で人が多く入っていても平気でやれる度胸はついています」と、人に見られることによって成長していくのだということも身をもって体験している。

 度胸という点では、田舎君は、「(最注目の清宮幸太郎関連記事も)最初に打たれないで抑えられましたから、何とかなるんじゃないかと思いました。他の打者に対しては、自分の投球をしていけばいいだろうと思っていました」と、臆することなく投げられたという。

 田舎君自身は、ストレートのスピードだって、130キロを超えるわけではない。というよりも、120キロ前後といっていいだろう。それでも、意識で負けていなければ、十分に戦えるということである。選手個々の素材力では上回っているという相手であっても気持ちが負けていなければ十分に戦えるということを、改めて教えてくれた田舎君の投球と都立昭和ナインの戦い方だったということである。

「負けていても、勝てるような気がしています。前半に競った展開になっていければ、後半には何とか出来るという意識にはなってきました」と、田舎君は自信をもって言う。松崎君は、「僅差で行けば、必ず何とかなります。僕は、感情を出さずに、自分の投球をしていけばいいだけです」と、自分の強い意識を語る。

 そんな選手たちの思いを作り上げた森監督は、「(ボードでテーマを伝えたら)あとは、監督はベンチで腕組んで、どっしりとしていますよ。本当は心臓がバクバクするといけないから、腕で抑えているんですけれどもね(苦笑)。ただ、例えば医者に『大丈夫ですよ』と言われたら、患者は安心するじゃないですか。それと同じで、監督が『大丈夫だ』と言えば、選手たちは安心しますよ。

 最初は、半信半疑かもしれませんけれども、監督がドシッとしていれば、そのうち大丈夫だなと思えるようになるんですよ。だから、いつも『大丈夫だぁ~』と言ってやりますよ」と、夏へ向けての意識づくりである。

 都立昭和の夏は、「大丈夫だぁ~」作戦で、ひと旋風を狙っている。都立昭和にとって、「大丈夫」は魔法の言葉となっていきそうだ。

 なお、都立昭和は自由な校風で一般生徒からも人気となっているのだが、東京都教育委員会から、学校改革を全面的にバックアップするアドバンス校としての指定も受けている。難関大学への進学実績も向上しているというが、森監督は「自由の中にも規律」を厳しく指導することでも校内では知られている。進学実績の向上には、そんな背景もあるのではないだろうか。野球部は、その象徴的な存在でもあると言えそうだ。

(取材・文/手束 仁


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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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