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上半身のファンクショナルトレーニング part1

2012.08.14

殖栗正登のベースボールトレーニング&リコンディショニング

第69回 上半身のファンクショナルトレーニング part12012年08月14日

今回は上半身のファンクショナルトレーニングについて、肩甲骨の構造と役割、投球障害が起きるメカニズムを絡めて解説していきます。

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ピッチングにおける肩甲帯の機能的役割

A:肩関節の関節面

 肩甲骨の関節窩(かんせつか)に上腕骨がはまって、肩甲上腕関節を作ります。機能的に見てみると、上腕骨の動く方向に肩甲骨も動き、この関節面を適合させています。肩の関節を痛めるのは、この関節の連鎖がうまくいかなくなったことが原因です。

B:ピッチングに出てくる動作

 ピッチングの加速期では、肩が水平屈曲(内転)するとき、肩甲骨は胸郭上で外転します。このようにA:で示した連鎖がスポーツ動作でも起きているのです。

C:ピッチングにおける肩の挙上

 ピッチングでテークバックした手を上に挙げるとき、肩甲骨は上方回旋、後傾、外旋位に保持しています。この動作ではじめに肩峰(けんぽう)が上がってきます。そして上腕骨が上がるスペースができます。これが機能的にできなかったり、基本姿勢で肩甲骨の下方回旋、前傾、内旋位が固定されていたりすると、うまく肩甲骨が使われずインピンジメント症候群の原因となります。これは僧帽筋と前鋸筋(ぜんきょきん)の弱化のためです。

D:ピッチングにおけるキネティックチェーン(運動連鎖)

 ピッチング、またはバッティングにおいても、野球の動作はすべて足の裏が地面についているため、上肢はオープンキネティックチェーンとなっています。地に足をつけている側からうける床反力で下肢から体幹へと力を伝達し、肩甲骨は体幹部と連結部であり、またその力を上腕に伝え、ボールやバットに伝えていきます。野球は足が地面についているので、絶対エネルギーは下から大きくしていき、末端へ伝えていく必要があるため、この連鎖のバイオメカニクスをきちんと知り、きちんと中枢から命令を送ることで一つの正しいフォームが出来上がるのです。
野球の正しいトレーニングとは、ひとつひとつの動作を単発に行うものはありません。野球の動作がある限り、その効率を上げることが最終目標になるはずです。そのためのトレーニングとはどんなものでしょうか。

 ひとつは体の機能をきちんとトレーニングで発揮していき、動く関節は動かすトレーニング。もう一つは、固定する関節は固定するトレーニング。そして最後に、関節の機能を発揮しながら動作を連鎖させて3面上のトレーニング。最終的に野球の運動連鎖の流れを作っていき、流れの効率を上げていくことが大切です。
なのでキネティックチェーンをトレーニングに組み込んでいくことはとても重要になるのです。

肩と肩甲骨の機能を低下させるメカニズム

A:肩甲骨の動きに要因をもたらす変化

・前鋸筋の弱化。上方回旋と後傾が出にくくなる。
・僧帽筋上部の硬さ(タイトネス)。挙上が強くでる。
・小胸筋のタイトネス。前傾と内旋、上方回旋の低下。

B:野球の肩の痛みと前鋸筋の関連性

 前鋸筋が不十分だと肩甲骨の上方回旋と後傾が出にくくなります。それにより僧帽筋上部で代償するので、テークバックで肩を上げるとき、上方回旋と後傾が出ないために肩峰が十分に上がらず、上腕骨を強引に筋力だけで引き上げることになります。すると、俗に言うインピンジメント症候群になってしまいます。特にこの状態で上腕骨頭や内旋運動をすると、烏口、肩峰アーチを棘上金、棘下筋が通ることになります。これが腱板炎にもつながります。また、肩関節90度以上での上方回旋には前鋸筋と僧帽筋下部の固定力がないと、関節窩を上に向けられないため、上腕骨のみで投げることになり、不安定症を発症する傾向があります。

[page_break:ピッチングと小胸筋の関係性]

ピッチングと小胸筋の関係性

 小胸筋の役目は肩甲骨の下方回旋、前傾、内旋です。人間は重力の下で生きているので、胸椎が後湾しています。すると小胸筋はどんどん硬くなっていき、肩の水平伸展、外転、外旋を出しにくくします。肩甲骨が外旋しなければ、肩関節窩が前方を向いたままで最大外旋位を迎え、肩関節前面において関節面が離開します。その結果軟部組織が損傷してルーズショルダー(前方不安定)となります。また、後面においては関節窩後方のインピンジメント症候群となります。

ピッチングにおける肩甲上腕関節後方のタイトネス

 ピッチング動作においてリリース動作を何度も繰り返すと棘上筋、小円筋などの後方の腱板にエキセントリックな負荷がかかります。それにより微小な損傷が何度も加わり、回復前に再びピッチングすると組織がはん痕化して拘縮してきます。するとそれらの部位がタイトネスになり、上腕骨頭の内旋運動の可動性が低下してきます。その結果、スタビリティ(固定)関節の肩甲骨が代償運動で余分に動くはめになります。となると、背骨と肩甲骨の間にある僧帽筋が無理にエキセントリックに使われて負担が大きくなり、背中を痛めることにつながります。

胸椎と胸郭関節

 胸椎が生理的に後湾しており、肩甲骨も元々下方回旋、前傾、外転、下制のポジションにあります。このため、モビリティ関節の胸椎が固くなってくるとスタビリティ関節の肩甲骨はより固まってきて、よりオーバーヘッドで腕を使うようになります。ピッチング動作においてはスローイング障害を起こしやすくします。そのため、野球の動作の機能を高めるためにも、胸椎の柔軟性は確保しなければなりません。

肩甲帯の解剖学的運動機能について

 肩甲帯は鎖骨と肩甲骨からなり、肩甲骨を体幹に連動しています。静的な部位は胸鎖関節のみになります。いわゆる肩甲骨の動きは肩甲胸郭関節を思い浮かべるかもしれませんが、ここに靭帯結合はなく、関節の定義は成していません。なので動的(筋肉)のみで支持されています。

 インナーマッスルとして肩甲挙筋、菱形筋、小胸筋、前鋸筋はローカルスタビライザーであり、主に関節の安定性に関わります。また、グローバルモビライザーとして僧帽筋、広背筋があります。特に広背筋は背骨、肩甲骨、上腕骨と付着部位を持っているので、重要なモビライザーです。

 動作を見るときは、肩甲骨の動きを見るだけでは不十分です。特に静的支持の胸鎖関節の硬さは肩甲骨の根本的な動きの悪さと姿勢の位置を決めます。固い場合はジョイントモビリゼーションを加えること、肩甲骨の場合は動的支持なので動きのチェックを入れることが大切です。動きが悪ければ筋の弱化を疑い、筋の再教育が必要となります。

肩関節の解剖学的機能について

 肩関節は関節窩が小さく、上腕骨頭が大きい構造をしています。肩関節は屈曲、伸展、内転、外転、内旋、外旋の6つの動きと関節内の滑り、ひねり運動で成り立っています。

A:静的支持組織

 肩関節は非常に稼働が大きい分、逆に言えば不安定です。例えば肩を屈曲したとき、上腕骨頭は後上部へ移動しますが、関節包の前方が拘縮を起こしていればうまく関節包無い運動が行われず、骨頭が後方へ滑っていかないので、前方インピンジメントや不安定症の原因となります。

 関節唇とは、関節窩の外側をおおう繊維組織で小さい関節唇に対する上腕骨頭をうめる役目をしています。下部の関節唇は関節窩に固定されているため、下部の安定性は高いが上部安定性がなく、また、上腕二頭筋長頭腱が付着しています。ここの損傷が球児がよくドクターに診断されているSLAP損傷です。

 関節包は、内が滑膜になって滑液を出し、外は補強靭帯になっています。特に関節包の前下部は強靭です。

 靭帯は上、中、下の関節上腕靭帯に分けられています。

 また、よくドクターに肩関節疎部痛と診断されるとおもいますが、これは棘上筋と肩甲下筋の間で筋がなく、上関節上腕靭帯と烏口上腕靭帯の静的組織しか補強がなく、組織的に弱く、損傷を起こしやすい。

B:動的支持組織

 ローカルスタビライザーは、腱板と上腕二頭筋長頭、グローバルスタビライザー・モビライザーとして働く大胸筋、広背筋、大円筋です。これらの筋で動的に骨頭を求心部にキープしています。筋肉はコンセントリック、アイソメトリック、エキセントリックと3つの役割があり、ピッチングのときはよくドクターに腱板炎といわれる肩後方の筋の炎症が有名ですが、ここが弱化していくと(棘上窩がくぼみだし)上腕骨が前方に移動しやすくなり、前方不安定症、前方のインピンジメント症候群にもつながります。

上半身の筋の機能

[pc]

コンセントリック(加速) アイソメトリック(固定) エキセントリック(減速)
肩甲挙筋 頸の伸展、側屈 頸椎の固定 頸の屈曲、側屈
肩甲骨挙上 肩甲骨下制
菱形筋 肩甲骨の内転 肩甲骨の安定 肩甲骨の外転、上方回旋
下方回旋
僧帽筋上部 頸椎の伸展、側屈、回旋 頸と肩甲骨の安定 頸椎の伸展、側屈、回旋
肩甲骨の挙上
僧帽筋中部 肩甲骨内転 肩甲骨の安定 肩甲骨の外転
僧帽筋下部 肩甲骨の下制 肩甲骨の下制 肩甲骨の挙上
大胸筋 肩関節、鎖骨部の屈曲 オーバーヘッド時に肩の固定 肩関節の伸展(鎖骨部)
胸骨部の伸展、水平屈曲、内旋 屈曲(胸骨部)
水平伸展、外旋
小胸筋 肩甲骨の外転、下制、下方回旋 肩甲骨の安定 肩甲骨の内転、挙上、上方回旋
広背筋 肩関節の伸展、内旋、内転 オーバーヘッド時に肩関節の固定 肩関節の屈曲、外転、外旋
大円筋
三角筋前部 肩関節の屈曲、内旋、水平屈曲 肩関節の安定 肩関節の伸展、外旋、水平伸展
三角筋中部 肩甲骨の外転 肩関節の内転
三角筋後部 肩関節の伸展、外旋、水平伸展 肩関節の屈曲、内旋、水平屈曲
上腕二頭筋 肘関節の屈曲 肩、肘の安定 肘の伸展
前腕の回外 前腕の回外
肩の屈曲 肩の伸展
上腕三頭筋 肘関節の伸展 肩、肘の安定 肘、肩関節の屈曲
  肩の伸展
棘上筋 肩の初期の外転 肩の安定 肩の内転
棘下筋 肩の初期の外旋 肩関節の内旋
小円筋
肩甲下筋 肩関節の内旋

[/pc]

(上半身のファンクショナルトレーニング part2に続く)

(解説・殖栗正登

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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