特別対談 工藤公康選手(下)
特別対談 工藤公康選手(下)2010年11月23日
今回の「殖栗正登のバランス野球学」は引き続き工藤選手との対談をお送りします。
理想のフォームについて議論を交わす二人。工藤選手が考える球速の上げ方について語り合いました。
・【殖栗正登のバランス野球学】特別インタビュー 工藤公康選手(上)
工藤流・球速の上げ方
殖栗:インタビューアー(以下「殖」) 工藤さんが考える球速の上げ方はなんでしょうか。
工藤選手(以下「工」) 全体の筋力をアップさせてその動きをスムーズにすることでつくっていくことが大切だと思います。子供の頃から石なげればいい。石投げてれば球が速くなる。江川さんもそうだったでしょ。
「殖」 子供の頃は神経等が発達するので遠くに速く投げることを覚えるには1番いいですね。確かに運動生理学で小学生は神経の伝達、中学生で心肺器、高校生で筋力アップと、成長に合わせたトレーニングが大切だと言われています。
「工」 子供の頃ってゲームをやると上達が早いでしょ。つまり動きを覚えちゃうんですよ。こうすれば遠くに投げられると体がすぐに覚えるんです。9-15才というのは神経発達が1番早いと言われています。そういう時に重いもの投げてると、軽いものが遠くに飛ぶのは当然なんです。もし速くしたいなら、子供の頃からやっときなさいと。
「殖」 なるほど。
「工」 筋肉が収縮することでボールのスピードが速くなるんですが、収縮するスピードを上げたければ、子供の頃からそういうことをしていけば、そういう筋肉が大きくなる。確かに100人そのようにやれば100人ともそうなるかといえば、いやそれは無理。10人20人はそういうふうになる選手がいるかもしれない。他の7080人は壊れるかもしれないというレベルですよ。ただ子供の頃からやっている方が投げ方は確実によくなります。うちの子供でも試しましたよ。
「殖」 そうなんですか!
「工」 えぇ、子供の頃に。まだ小学校入る前から、こうやってこう投げて振りなさいと。そうしてやらしておくと、野球はやっていないんですが、ソフトボール60m投げてたみたいです。
「殖」 すごいですね。
「工」 野球、やらせてないですよ。ソフトボールだってそんなに握ったこともない。ただ形ができている。60mですよ、小学校6年生で。それをやっていたから全てそうなるという限りではないけれど、でも限りなく速い球を投げようとすればするほど、僕は壊れる確率は高くなると思います。本来はそうすれば速い球は投げられますよ。子供のうちからそういう投げ方を身につけてもらえれば。
”力を入れる”と”力を抜く”
「工」 僕は小学校の時も中学生の時もその地区の中で1番球が速かったし、体も大きかったけど、力で投げるということを覚えてしまうと、力を抜くことを覚えないんです。だから関節がちゃんとした動きをしないんです。今こうして腕を回すとき、無理に回そうとして回しているわけでじゃないですよね。何回だって回せます。
でも、プロとして投げるときずっと投げることができなくなるのは、どこかで力が入ってしまっているからなんです。意識の違いもありますが、動きが変わってしまってしまっているんです。筋力がないからだというは違います。
「殖」 むしろ力をいれすぎだと。
「工」 えぇ。スピードを出したいから力を入れるというのは基本的に間違っています。抜くことができるから、出すことが出来る。だから抜く割合がどこまでできるか。0から力を出せば100までの振れ幅は大きいですが、それが30からだと振れ幅は小さくなってしまいます。ということは同じ力でも0を作れる人は、作れない人より力の入れる割合が違ってくる、だから継続して投げられる。
「殖」 力の入れる、抜くについてお伺いしたいんですが、どういった感覚で力をいれているんでしょうか?
「工」 力の出し方って、バンッと出すものでなくて、徐々に出していくものなんです。バンッとした出し方だと、連続していません。
「殖」 生理学でいう運動連鎖ですね。
「工」 はたから見ていてピッチャーが速い球を投げているとき、実は連動があるんですよ。投げている人もぐにゃ~と力を出している感覚があります。
フォームの中で一番大事にしていること
「殖」 ではフォームの中で1番大事にしている事ってなんでしょうか?
「工」 そうですね……リズムとバランスとタイミングです。リズムが取れなかったバランス取れませんよね。バランスが取れなかったらタイミングが取れません。
この3つどれもかけてはダメです。フォームを作るってのは非常に難しくて、技術のレベルじゃないですか.技術のレベルだから、反復練習をどれだけやったか。何万回、何十万回と。
「殖」 それは今の中高生につたえたいですね。
「工」 かといって力を抜くことも教えずに反復練習をやらせていれば、すぐに壊れてしまいます。でも簡単には抜けないんですよ。抜くこと覚えれば皆良いフォームになるんです。
「殖」 そこをどうやって教えればよいでしょうか。
「工」 これは難しいですね。頭で考えて動かす状態から、それを反射として出来るようになるまでかなりの時間がかかりますから。だからそれを続けられるかになるんですよ。何千回練習したと語る人もいますが、それで身につくわけ無いんです。それこそ何十万回と、コンデイション悪い日もどうにか続けていけるか。
「殖」 継続してはじめて身につくということですね。
ジャイロボールはストレートではない
「殖」 工藤選手はオフはアメリカでトレーニングされていますが、多くのメジャーリーガーもトレーニングしていると思いますが、どのようなものでしょうか?
「工」 ピッチングを意識したトレーニングを行っています。例えばメディシンボール使ったトレーニングのとき、一人は上達して一人は上達しませんでした。この違いはなんなのか、というとこなんです。結局トレーニングというのは。そこを理解しないでメディシンボールを与えても意味ないです。
例えば「自分はバッティングを上達したくて、ここを鍛えたくて」という意識があるかないかです。ただメニューがあってそれをポンポンこなしているだけじゃ意味がないです。どんなトレーニングやろうが、見た目がよくなるだけで野球には何の意味もありません。
「殖」 なるほど。あともう一つ聞きたいのですが、ランニングメニューはどうされていますか?
「工」 時期に分けて、持久力、筋持久力、瞬発力をどう養成していくか、という考え方で取り組んでいます。
「殖」 その考え方で、長距離走はどう捉(とら)えていますか?
「工」 投げると毛細血管が切れていて、長距離走で酸素を取り入れることで切れた血管を回復させるコンディショニングと捉えています。
「殖」 高校野球級では、今も長距離走がメインの選手も多くいます。
「工」 それもピッチングに関して意味がないと言えばそうかも知れません。それ以外のトレーニングはピッチングのためのものにすべきですね。
「殖」 僕はピッチングは下肢の捻転動作と重力を使った倒れ込みが大切だと考えています。特に前脚を軸に引き込むことで捻転動作が出てくるので、ここがピッチングのポイントだと考えていますが、工藤さんはどうお考えですか。
「工」 僕は前脚というのは最終的にそこが軸になるというのは全く問題ないと思います。軸といわれる理由は股関節の可動域によって自分が踏み出す方の可動域が決まってしまうんですよ。内旋の動きが悪いと踏み出した方の足の動きが悪くなってしまいます。
そこを、常に前に行けばいいだよと指導しても、こっちの可動域が悪いと、選手は状態を回して突っ込もうとしてしまう。だから最初に股関節の動きを見ます。その動き自体に無理がないようなら、体幹や肩周りを見ていきます。基本的に股関節の動きが出来ていない場合は、その動きをさせるトレーニングをさせることですね。
「殖」 ありがとうございます。それでは最後に球児にメッセージをお願いします。
「工」 プロ野球選手も皆、中高生球児の方の試合ぶりや記録更新を楽しみにしているので、本当にプロだから見ていないということはないので、自分の思い通りの野球をして欲しいと思います。
対談を終えて
今回【高校野球情報.com】のスタッフの方からプロ野球選手との対談企画の話を頂いて、迷わず球界屈指の理論をお持ちの工藤選手をお願いしました。
なぜかというと、球児の皆さんにプロのトップ選手がどこまで考えて野球をプレーしているかを知って欲しかったからです。
今回工藤選手とお話していて感じたことは、工藤選手はバイオメカニクスを大切にしているということです。特に印象的だったことは、踏み込み脚を支点、ハムストリングス(大腿の後側の筋)を力点にし、テコを使って投げて股関節を捻転させること、そこには横回転と縦回転があること、そして接地の時に利き手をトップの位置に作ることです。そうすればあとは下半身の捻転だけで投げられるという運動学と、その上でリズムとタイミングよく投げるという力学についてご説明頂きました。
あともう一つはストレートの定義についての話です。ストレートはバックスピンのボールだと工藤選手もお話していました。球児の皆さんもまずきちんとした基本のフォームを作って欲しいと思います。
工藤選手の考える正しいフォームと、スピードの上げ方について、ぜひこれからのオフシーズンのトレーニングの参考になれば幸いです。