みちのく便り~心の高校野球~

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第5回 花巻東・佐藤涼平の高校野球(下)2010年02月14日

 第5回高橋昌江コラム「みちのく便り」は、3日連続の特別企画でお贈りしています。
昨年の夏の甲子園大会で花巻東の二番打者として活躍した佐藤涼平選手をフォーカス。
佐藤選手にとっての高校野球を特集します。
最終日の本日(14日)は佐藤涼平選手の高校三年間頑張れた理由と今後の大学生活への思いについてです。
佐藤涼平君の高校野球で生き残ろうと必死に戦った3年間が、高校野球で生きる希望をなくしている選手に届けば幸いです。
スタッフ一同、誰か1人でもいいので、彼の言葉から勇気をもらい、高校野球をがんばってほしいと思います。


12:寮生活

【日常と練習のメリハリがある充実した時間を過ごした寮生活】

 窓の外を見ると、雪が段々と濃くなってきた。
 「大丈夫です。寮まで1分なんで」
 じゃあ、その寮の話をしよう。
「楽しくてしょうがなかったですね。1年生のときはやっぱり、それなりに大変なこともあったんですけど、最上級生とかなったら、もうみんなで食事するのが楽しくて。いつも決まっているわけじゃないんですけど、だいたい、みんな同じ時間に集まって、喋っていました。練習が例えば、終わった時間が7時だとして、8時くらいまで自主練をする人もいて、なんか知らないけど、8時半なったらみんな集まってくるみたいな感じでした」
 ご飯の時、みんなとお喋りするのが楽しく、実家を離れていても寂しくなんかなかった。だが、ちょっとホームシックなったこともある。

「1年生のときはありましたね、最初。でも、2年生になったら、逆に帰るのが面倒くさいなって思って(笑)。自分、帰るのに3時間、かかるじゃないですか。それもあって。自分たちの代、お盆休みがいつもはあるんですけど、それなくしたんですよ、自分たちで。『帰らない』って言って。1年生は帰ったんですけど、自分たちは練習するって言って。

2年生の夏、負けたので。夏の大会、ベスト8。やっぱり、それがすごい悔しくて。その時、試合に出ていたメンバーが主力で4人いたんですけど、それもあって、みんなで悔しくて、自分たちの代は勝ちたいって思いがあったので。お盆休みなくして、みんなで練習しようって。監督さんにお願いして、自分たちで練習しました」

 練習と生活でメリハリをつけた仲間関係。絆は確実に深まった。
「自分たちのチームの徹底事項、100パーセントできることをきっちりやるっていうので「元気、全力疾走、カバーリング」って3つあるんですけど、そのカバーリングをやってなかったり、遅れてできなかったりすると、やっぱり怒られます。それくらい、みんなも1つのプレーに対して絶対にミスは許さないって環境でやっていました。でも、野球が終わってからは普通に話します。どんだけきついことを練習中に言っても寮に帰ってきたら仲良しって感じでしたね。本当に練習と日常生活とメリハリつけていたので、みんなで。みんなもそういう風なんだとわかっている。信頼しきっているので、きついことを言えますし、終わってから仲良くできるっていうのもあります」

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コメント (8)
感謝。2013.08.15 絢蘭
今、中3になりましたが小学生ながら
佐藤選手をみて感動しました。
ついこの間佐藤選手がお亡くなりなっていたのを
聞いて、信じられませんでした。
ほんとに感謝しかありません。
安らかにお眠りくだい。感動をありがとうございました。
憧れ2013.07.28 あこがれ
自分は神奈川県の中学三年生です
もう引退しましたがいま進路について悩んでいます

自分の兄が甲子園に出場した年に
花巻東も甲子園にでていました
その中で自分が驚愕したのは佐藤選手でした

自分も体が小さく佐藤選手みたいに
カット打法になろうときめ、ずっとやってきました
佐藤選手が、教わった花巻東で野球がしたいです
佐々木監督のもとで野球がしたいです
佐藤選手ありがとう2013.05.02 野球大好き
僕は高校時代硬式野球ではなく軟式野球をしていました。僕自身も体は小さく野球もそんなにうまくありませんしかし、佐藤選手のプレーを見ると体が小さいのに最後まであきらめない姿を見ると勇気づけられました。僕も頑張らないといけないと思い練習を頑張ったことを覚えています。そのおかげで、軟式ではありますが全国大会にも出れて国体も出場する事ができました。本当に佐藤選手は体の小さい人のスポーツしている人にとって、憧れの存在でもあり、尊敬できる人物です。安らかにお眠りください。
本当に感謝です。
ありがとう佐藤選手
感謝2013.04.27 野球部
感動をありがとう
安らかにおねむりください
残念です2011.09.16 かるちゃん
彼の試合を生で見て、すごい選手がいるものだと思っていました。そして、この「みちのく頼り」を今日まで読まずに、ずっと心の中で暖めていました。で、今日、読ませていただいて、佐藤君の魅力、すごさ、夢に魅力を感じ、彼はどんな大学生活を送っているんだろうと検索したところ、訃報のニュースを目にしました。
自分ができないことを彼が頑張ってやってくれている気がして勇気を貰っていたのに。ご冥福をお祈りいたします。
英雄よ2011.08.23 毒蝮
小さな身体で甲子園を沸かせてくれた佐藤君は英雄です。
私も小柄な男なので、勝手にシンパシーを感じて応援しておりました。友人と高校野球の話をすれば、必ず「佐藤涼平」の名を挙げるほど大ファンでした。もちろん、今でもその気持ちは変わりません。

私は現在作家になるべく修行中の身であります。何れ、彼を題材にした作品を書きあげてみたいなと改めて強く思うようになりました。

安らかにお眠りください。合掌。
悲しくてなりません2011.07.30 佐藤君を応援していました。
佐藤君の死が現実のものとして受け止めることができません。
我が子のような気持ちで応援していました。
彼が死を選んだ背景には色々な辛いことがあったのでしょう。
とても残念です。
佐藤君のお蔭で死を選ぶことなく今があります。
佐藤君の使命だったのでしょうか?
それにしては辛すぎて毎日涙しています。
佐藤君に助けてもらった人は一杯いることでしょう。
許されるならもう一度お会いしたい。
佐藤君は英雄です。
あなたを産み、育ててくださったご両親にも感謝いたします。
佐藤君有難う。
どうぞ安らかにお眠りください。
合掌。
無念です2011.07.09 彼のファンです
日体に在学する、我が子から佐藤君の訃報を聞きました。
家族で彼の高校時代からのファンでした。
普段、大学で見かける佐藤君は普通の爽やかな学生だったと聞いております。
今回の彼の死には、きっと深い深い、そこまで彼を追い込んだ真実が隠されているのではないか・・・と、思われて仕方ないです。
たまたま、この「みちのく便り」に行き着いて、読ませて頂きました。
涙が止まりません。
こんなに真っ直ぐで将来に希望をもって日体に言った彼なのに・・・。同じ母親として彼のお母様の気持ちを思うといたたまれません。未来のある少年達に夢を与えた彼の野球に対する思いは、受け継がれていくはずです。
どうか安らかにお眠り下さい。合掌

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プロフィール

高橋昌江
高橋 昌江
  • ■ 生年月日:1987年3月7日
  • ■ 出身地:宮城県栗原市(旧若柳町)
  • ■ 宮城県仙台市在住のフリーライター
    少年野球からプロ野球まで幅広く“野球”を取材し、多方面に寄稿している。
  • ■ 中学校からソフトボールを始め、大学2年までプレーヤー。大学3年からはソフトボール部と新聞部を兼部し、学生記者として取材経験を重ねる。
    ソフトボールではベンチ入りはできなかったものの、1年と4年の2回、全日本大学女子ソフトボール選手権大会で優勝を経験した。
    新聞部では何でも取材したが、特に硬式野球部の取材をメインに行っていた。最後は明治神宮大会準優勝を見届けた。
  • ■ ソフトボール部の活動から得た「人間性、人間力」を軸に「どう生きるか」を考えている。
  • ■ 野球が好きというよりは、野球の監督・コーチ・選手・関係者と話しをして、聴いたこと、感じたことを書いて伝えることが好き。“野球”については、常に勉強中。
  • ■ 【言葉には、力がある】が信念
  • ■ 取材時の持ち物は「気持ち、熱意、真心、笑顔」。
  • ■ 愛読書はデール・カーネギー『人を動かす』など自己啓発系が多い。
  • ■ 『高校野球ドットコム』にて「みとのく便り~心の高校野球~」好評連載中!!
  • ■ ブログ:「今日も青空の下で、笑顔を咲かせる」(高橋昌江オフィシャルブログ)
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