Column

歳内 宏明【前編】「他者評価に変わった」魂のエース

2018.05.01

 今年もセンバツで1勝をマークするなど福島県・東北地区の強豪として鳴らす聖光学院。その中でも特に甲子園で印象深い活躍を見せた投手がいる。

 2010年夏にはベスト8、2011年夏にも1勝をあげた歳内 宏明。常時140キロ台のストレートと魔球スプリットで、多くの打者を手玉に取り2011年秋にはドラフト2位指名で阪神タイガースに入団を果たした。

 右肩の故障で今季は育成選手でのスタートとなったが、プロ6年間で57試合に登板し2勝4ホールドを上げているタフネス右腕の真骨頂とは?聖光学院高校の恩師・斎藤智也監督の言葉から、そのルーツを探る。前編では聖光学院2年4月の大きな分岐点。そこから2年夏のベスト8に到達するまでを取り上げていきたい。

「魂のエース」へ変貌した2年4月の出来事

歳内 宏明【前編】「他者評価に変わった」魂のエース | 高校野球ドットコム
歳内 宏明投手(聖光学院〜阪神タイガース)

 田中 将大(MLBニューヨーク・ヤンキース)らを輩出した名門・宝塚ボーイズ時代に、甲子園で活躍する聖光学院に憧れ、兵庫県から遠く福島県での研鑚を選択した歳内 宏明聖光学院野球部・斎藤 智也監督は、2009年4月に出会った彼の状態を今も克明に表現できる。

 

 「130キロぐらいのストレートは投げられる投手で、能力は高かったですね。ただ腰の痛みがあって、あまり投げられていなかったんです。1年秋からベンチ入りもしたんですが、ストレートの球速は良くて135キロぐらい。変化球も今のようなフォークボール(スプリット)もなく、決め手がない投手でした」

 

 

 この当時、斎藤監督は歳内の大きな懸念材料も早くから見抜いていた。練習試合や公式戦でも強豪校相手には好投する反面、実力的に下位と思われるチームには痛打を浴びる。少々乱暴な言い方をすれば「相手をなめたピッチング」。そして、そんな傾向を何度も繰り返した2010年4月。ついにしびれを切らせたある3年生投手が練習中、指揮官へこう切り出す。

 

 「その子は当時では7番手ぐらいの投手だったんですが、『投手は今のままのような起用法を最後まで続けるんですか?』と聞いてきたんです。『なんでそんなことを聞くんだ?』と返したら、『僕は万が一のこともあって、ブルペンで肩を作っているので、それで報告しました』と。

 

 

 私はその言葉の裏側に『こんな2年生が投げるならば、俺が投げたほうがみんなを納得させる自信がある』という意味を読み取りました。その子は人間的にもできていて、チームメイトにも信頼があった。そういう子が言うくらいだから何か狙いがある。私はそう思ったんです」(斎藤監督)

 

 そこで斎藤監督も行動に出る。歳内が練習試合に打ち込まれて降板した直後、歳内を見ながら、3年生たちにあえてこう話した

 

 「歳内は夏に必要か?」

 

 「いらないです。こんな勘違いした奴はいらないです」と3年生たち。さすがの歳内もみるみる顔色が変わる。

 

 「だってさ歳内。ここに来る理由はないな。荷物まとめて帰るか」

 歳内の瞳からみるみるうちに涙があふれる。悔恨と新生を誓う号泣。この日「ガラスのエース」は「魂のエース」へと変貌した。

[page_break:「魔球スプリット」修得で甲子園ベスト8へ]

「魔球スプリット」修得で甲子園ベスト8へ

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高校の恩師・斎藤智也監督

 「あの一件で、もう後がないと思ったんでしょう。アイツの価値観は大きく変わりました。『自己中心』から『誰かのために』の他者評価に変わったんです。すると指導者から聴く姿勢にも変化が生じたんです。

 
 

 一例をあげればフォームの変化。今までは我々が『フォームを変えたほうがいい』と言っても自意識が強いので変えようとはしなかった。『何としても(自分を)変えたい』という悲壮感もなかった。でも、あの一件から歳内は何でも聴き入れるようになりました」(斎藤監督)

 

 

 その流れの中で歳内の代名詞である「魔球スプリット」も完成。指揮官はその誕生秘話を明かす。

 

 

 「ある日、落ちなかったフォークを落ちるようにするために『浅く握ってみたらどうだ』とアドバイスしたところ、スピードは130キロぐらいでストーンと落ちた。そこで私が『良い落差だな』とアイツをおだてると、歳内は真剣な表情で、時間をかけて取り組み始めたんです。そしてしばらく練習したら、カウントを取るためのフォーク、空振りを取るためのフォークの投げ分けができるようになっていました。

 
 

 そこで私は2年春の福島県大会で歳内のベンチ入りを決めましたし、春の東北大会ではすべて投げてもらいました」

 
 
 

 歳内の劇的な変化は聖光学院の大きな推進力へとつながる。2010年・夏の福島大会で史上初の4連覇を達成した聖光学院は、甲子園初戦の2回戦でも同年センバツベスト4の広陵(広島)を撃破。エース・有原 航平(現・北海道日本ハムファイターズ)との投げ合いを制し「1対0」、5安打141球完封勝利をあげたのは……もちろん「魔球スプリット」を駆使した歳内 宏明である。

 

 

 聖光学院と歳内の快進撃はなおも続く。3回戦では履正社(大阪)を向こうに回し、山田 哲人(東京ヤクルトスワローズ)にホームランを打たれても決して屈せず、5安打10奪三振2失点完投。準々決勝では後に春夏連覇を達成する興南(沖縄)打線に歳内が屈したものの、2008年以来の甲子園ベスト8。あの出来事から4か月。聖光学院は1つになって夏を駆け抜けた。

 

 後編ではけがと2011年3月11日を乗り越えて到達した最後の夏と、隠れたエピソード。そして歳内 宏明投手に対する聖光学院・斎藤 智也監督の「想い」を紹介していきます。お楽しみに!(続きを読む)

(取材・文=河嶋 宗一

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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