Column

日本選手権初V!新日鐵住金かずさマジックのトレーニング  『一歩ずつのマジック』

2013.12.27

社会人野球から学ぼう 元鷺宮製作所 岡崎淳二さん

 11月に行われた第39回社会人野球日本選手権大会で、新日鐵住金かずさマジックが初優勝を飾った。そこには、地道に“一歩ずつ”実力を養ってきた我慢強い日々があった。トレーニングもそのひとつ。統括する監督、具体化するトレーナー、そして実践する選手。各視点の話から“一歩ずつ”の真相に迫る。

監督の眼:戦う準備を整える

2013年度日本選手権にて初優勝を果たした新日鐵住金かずさマジック

2013年度日本選手権にて初優勝を果たした新日鐵住金かずさマジック

新日鐵住金かずさマジック 鈴木秀範監督

 2013年は新日鐵住金かずさマジックにとって飛躍の年となった。都市対抗でベスト4、日本選手権で初優勝。今年でチームを率いて6年目となる鈴木秀範監督には、昨年ぐらいからある感覚があった。
 「全国制覇はしたことがないので、手ごたえもなにも感じようがなかったんです。ただ、“5試合戦える”という感覚はありました」

 都市対抗も日本選手権も、決勝まで進めばトータルで5試合を戦うことになる。そこまで戦いきるチーム力――ピッチャー陣や選手層、体力にモチベーションなど――がそろったという実感があった。そして、チームがその域まで達した要因のひとつとして「トレーニング」があった。
 「私の中でトレーニングの位置づけは、野球をする前の準備のひとつです。様々な練習を通じて力をつけようというとき、選手のキャパシティー(許容量)が小さければ詰め込める量にも限界があります。キャパシティーがあれば多くの力を取り込める。トレーニングとは、そのキャパシティーを広げるために必要不可欠なものです」

 選手の可能性を広げる前提としてのトレーニング。そして目的はもうひとつある。

 「1年を通してケガをしない体を作るためです。1年を通して野球ができれば、休んでいる選手より少しずつでも成長できます。ですから、もし同じ部位のケガを続ける選手がいたら、それはトレーニング法が違う、ということになります」

 冬季のトレーニング期間は、とにかく筋肥大に時間を費やしている。ボールから離れるこの時期しか筋量を増やせるチャンスはない。そしてシーズンに入ったら筋量の維持、疲労の軽減を目的としたトレーニングメニューへと切り替えていく。
「シーズンに入れば連日の練習や連戦で疲労し、筋力の低下に伴うパフォーマンスの低下は必ず見られるようになる。それを少しでも抑えるトレーニングをすべきなんです。それが年間を通してできるようになってきましたね」

鈴木監督の信念を体現するかのような長い階段

 トレーニング効果は確実に出てきた。とくにピッチャー陣のケガが少なくなったことで、冒頭の「5試合戦える準備」が整ったという。
 「トレーニングも、そして練習全般にも通ずることですが、私には『階段を一歩ずつ』という信念があって。そのときの結果に一喜一憂せず、すべての結果に対して原因を突き止め、それをクリアにして『一歩ずつ』成長して行けばいいと。とても時間がかかるかもしれませんが、結局一番の近道は地道に確実に進んで行くことだと思います」

 新日鐵住金かずさマジックの初優勝は、決して刹那的に成し遂げられたものではない。その裏には人知れず地道な積み重ねがあったのだ。そしてもうひとつ、鈴木監督が感じた実感とは――

 「本気で勝ちたい。本気でうまくなりたい。本気で強くなりたい。選手が本気でそう思ったことでチームが変わりました」。

[page_breakトレーナーの眼:徹底する]

トレーナーの眼:徹底する

バランスボールに乗りながら腕立て伏せ

 鈴木監督がトレーニング面で全幅の信頼を寄せるのが、萩原彦太郎トレーナー。新日鐵住金かずさマジックの前身、新日鐵君津時代から18年間チームを見続けてきた。鈴木監督が選手時代、キャプテンをしていたころから現職に就いている“かずさマジックの生き字引”である。萩原トレーナーは、今年のチームになにか変化を感じたのだろうか。

 「今年、特別になにかを変えたというのはないです。ひとつ区切りがあったとするなら、2004年に市民球団になったことでしょうか。市民球団になった後、チームは低迷を続け変革が必要になったんです。そこで選手を大きく入れ替え、若手選手を育てる方針に替えました。今もっともチーム歴が長い選手は、今年5年目の選手たちです。この5年間地道にやってきたことが、やっと定着してきた。その結果がたまたま今年の日本選手権優勝につながった、と」

バーベルを持ち上げる選手

 本音として、今年日本一になったものの、過去5年間の努力が「花開いた」とは思っていない。やっと南関東の社会人強豪チーム、Honda、日本通運、JFE東日本と「対等に戦えるレベルになったのかな」ぐらい、だと。まだまだ「伸びるのはこれから」、だと。では、その伸びしろはどのように作られてきたのか。
「3年ぐらい前でしょうか。ピッチングコーチと話をして“徹底的にやろう”と決めたんです。どのチームもウエイトは必ずやっていて、そんなに違いはない。でもうちは、体格に恵まれた選手を採ってきているわけではない。エリートではない彼らをどう鍛えていくかといったら、徹底するしかないですよね」

腹筋を鍛える練習

 やることは地道だ。
「基礎体力を上げて、スクワットと走り込みで下半身を鍛えましょう」
 シンプル。だが、とことんやる。
「スクワットはMAXに近い重量で行うことで、下半身を太くします。今は大きく強く速い選手がいい、とされる時代。まずは体重を増やし、体を大きくする。しかし、それで終わらずプラスして体幹などを組み込んでいきます」

 そして走り込み。自然豊かな環境を利用したパワー系ランニングが3つほど用意されている。

階段を上る選手たち

■階段のぼり
 練習場の近くにある急勾配&およそ270段の階段をイッキに駆け上る。多いときはこれを10本……。「イッキに登って上で倒れて下に降りて…を10回繰り返すと、だいたいトレーニング時間は2時間になります(笑)。自分の体を上にあげるぶん、平地より筋にストレスがかかりますからやっています」

■山道ランニング
 観光地として有名な「マザー牧場」がある鹿野山。こちらもチームにとっては格好の練習場となる。野手は登り口から、ピッチャーはそこからさらに2キロ手前のコンビニからスタートする。「途中、3キロ登りっぱなしという区間があります。3キロ走って平地でもよくタイムを録りますよね。相対的にタイムを比べられるという意味でもちょうどいいんです」

階段ダッシュで息が上がる投手陣

■坂道ダッシュ
 こちらも練習場の近くに約130メートルの坂道がある。ここを何度も走り込む。本数や距離は目的によって変えることも。「50メートル走にしてタイムを計ることもあります。このメニューで選手たちが口々に言うのは『筋持久力が実感できます』ということ。途中で本当に足が上がらなくなるらしいです(笑)」

「社会人野球って1チームの選手数に限りがあります。2013年でいうと、公式戦29試合、オープン戦66試合と年間95試合を行いました。少ない選手数でこれだけの試合を戦い抜くには“リタイア”を1人も出してはいけません。プロの世界でもそうであるように、多少の痛みを抱えていても戦力になれるだけのフィジカルにするためのトレーニングをしよう、というのがベースにあります」

 非常に筋が通った話だ。しかし言うことは簡単でも、実現するためにここまで徹底されたメニューが必要になるとは……。

[page_break選手の眼:野球にいかす]

選手の眼:野球にいかす

米田真幸選手(新日鐵住金かずさマジック)

 これら徹底された走り込みメニューに取り組んでいる選手自身の話を聞いた。

 「高校時代も階段のぼりはしましたけど、段数がハンパないので……(笑)。山道ランニングもゴルフ場があるような山を登って行くわけです。体といっしょにメンタルも鍛えられます」
 というのは米田 真幸外野手。50メートル5秒台の足を持つ、韋駄天リードオフマンだ。

 「階段は1本走るのにも必死です。なかなか回復しないので、みんな登り終わった後ぶっ倒れてます(笑)。いつまでも終わりが見えないというか。山道ランニングも終わりが見えない。けっこう走ったなと思ってもゴールのマザー牧場まで“あと4,5キロ”とか標識が出てきてなかなか到着しないんです(笑)」
 と語ってくれたのが佐々木 陽内野手。180センチ、82キロの体格を持つ長距離砲。チームではクリーンナップの一角を任されている。

「走り込みの量は断然多いですね。入社当初はいきなり連れてかれて『うわーっ』ってなりました。階段はすごく長くて急で……もっとも心が折れそうになります(笑)。ラストはもう気持ちだけです。山道はずーっとストレートが続く区間があるんですけど、前が見えないんですよ、そこも心が折れそうになるポイントですね(笑)」

佐々木陽選手(新日鐵住金かずさマジック)

 と告白してくれたのは岡本 健投手。先の日本選手権では最高殊勲選手賞に輝く堂々のピッチング。今年のドラフトで福岡ソフトバンクから3位指名を勝ち取った。

 誰もが「キツイ」と口をそろえて言うパワー系ランニングメニュー。これに代表される過酷なトレーニング効果はあったのだろうか。佐々木選手は、「打撃が向上したと思います。以前は完封されることもありましたが、今は負け試合でも点は取れていますから。トレーニングを積み、スイングスピードが上がったことでより引きつけて打てるようになった。その結果だと思います」という。きちんとトレーニングが野球のパフォーマンスに結びついている。

 「人間の身体は上半身より下半身の筋肉の方が大きい。ということは、下半身を鍛えてその力を上半身に伝えることができれば打撃は向上するはずです。
 僕の場合、冬場は筋肥大が目的なのでスクワットはゆっくり下ろしてゆっくり上げる。逆に大会前は爆発的な瞬発力を生むためにゆっくり下ろしてイッキに上げる。時期によって同じメニューでもやり方を変えます。スクワットはフォームが重要です。そこを意識すれば体幹もバランス感覚も養われる。つまり、下半身から上半身へのパワーの伝達に必要な部分が鍛えられるんです。加えて股関節の柔軟性がとても大事なので、朝昼夜はストレッチを欠かしません」

岡本健選手(新日鐵住金かずさマジック)
福岡ソフトバンクから3位指名

 チームの方針としてトレーニングをしつつ、自分が必要と思う部分も同時に鍛える。この「考える」トレーニングができているかどうかが、効果を野球に結び付けられるかどうかの分岐点となる。

 米田選手は言う。
「冬のトレーニングが野球のパフォーマンスにどうつながるか、をまず考えるべきです。ベンチプレスが100キロ上がれば、翌年ホームランが20~30本増えることが確約されるわけではない。まずはやってみないと何も始まりませんが、今やっていることにどういう意味があるか考えて取り組めば、チームの方針と自分とでやりたいメニューが食い違っても必ず効果は出ます。特に高校生は年齢的にウエイトの効果が大きく出やすい。目先でなく、継続すればより効果は得られると思います」

 いかにトレーニングから野球に結びつけるか。そして野球からトレーニングに結びつけるか。岡本投手は「ピッチングで気づいた点」をトレーニングに組み込んだ。
「今年だったんですが、ブルペンで投げているとき気づいたんです。体幹の使い方がすごく重要なんだと。体を回転させる瞬間に体幹――具体的にいうと腹筋――にギュッと力を入れることで腕も振れてくるイメージができたんです。高校時代から体幹の重要性は言われていて、実際にトレーニングしてましたけど、ピッチングにいきているかどうかはわからなかった。でも自分で気づいてからは腹筋、背筋をバランスよく鍛えるメニューをアップに入れるようになりました」。

[page_breakまずは自発的な取り組みから]

まずは自発的な取り組みから

2014年の躍進に向けて、オフシーズンもトレーニングに励む新日鐵住金かずさマジックの選手たち

 重要なのは、ここに挙げた具体的メニューではない。3選手が3選手とも考えている、ということだ。しかし彼らに高校時代のトレーニングを聞くと「やらされていただけだった」と口をそろえる。社会人日本一チームの選手たちでも高校時代はできなかったことを、高校球児がいきなりやろうとしてもムリがある。

 では、まず第一歩として「自発的に」トレーニングをやってみたらいかがだろう。
 そう思わされたのは、先のパワー系ランニングの話を選手の方々としているときだった。逃げたくなるほどキツいメニューなのに、誰もが楽しそうに話す。そこに隠されていた“強み”を佐々木選手が明かしてくれた。
「ランニングって聞くと、『え!?』ってなる。さらに具体的メニューを聞くと『マジかよ!?』ってなる(笑)。そんな感じでみんなガヤガヤ言っててもマジメに走るんですよね。結局、“どんな気持ちでやっているか”が重要で。今年の日本選手権で優勝できたのは、どんなメニューをやってきたか、ではないと思うんです。それより一人一人がしっかりメニューに前向きに取り組み、それを持続できたことが要因なんじゃないかな、と」

 冒頭で鈴木監督が言っていた「本気で勝ちたい。本気でうまくなりたい。本気で強くなりたい。選手が本気でそう思ったことでチームが変わりました」という言葉を裏付ける話である。
「病は気から」とはよくいうが、「トレーニングも“気”から」だ。同じメニューでも前向きか後ろ向きか、そして取り組むのかこなすのか、で効果は天地ほど変わってくる。これが“一歩ずつ”のマジックのタネ明かしと本当に言えるのか。正解は、自分で確かめるしかない。

(文=伊藤亮

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かずさマジックが見事優勝した日本選手権の結果はこちらから!

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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