〜心で書く!〜 氏原英明 公式ブログ

フリーライター・氏原英明のblog。当サイト上にある日記の記事の無断転載を禁じます。

BASEBALL FAN

メッセンジャーとして。

  http://www.youtube.com/watch?v=ZrNffyuCFik&feature=related 
  相変わらず、長渕剛を引きづっております。

 この1年、長渕剛が何をしてきたのか、ネットで色々見ています。

 彼が凄いのは言うまでもないんですが、この1年、自分は何をしてきたんやろって考えさせられますね。
 長渕さんはシンガーソングライターで、発信し続けてきた。あるインタビューでは「唄が必要かって問いかけたかった」と長渕さんは応えていました。答えのあるところに行くのではなく、とりあえずやってみて、自分の出来ることを探していく。

 彼はシンガーソングライター、僕はスポーツライターのはしくれ。

 大衆にメッセージを発信すると言う意味では同じ世界にいるといってもいい。活動できる範囲が違うとはいえ、この1年間を振り返ると、自分は何もやってきて来なかぁと残念な気持ちになります。

 むしろ、僕らスポーツのメディアがやってきたことと言うのは「被災地のために」という言葉を使って、高校球児にプレッシャーを掛けてきただけではないのかとさえも……。

 これから、この仕事を通してできることは何だろうか。問いかけていきたいなぁと思います。

Written by 氏原 英明

2012年1月3日 11:44 am

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新年早々!

 あけまして、おめでとうございます。

 ご挨拶が遅くなりました。

 新年早々、私信のお詫びを申し上げます。

 私が年賀状をお送りさせていただいた方で、僕に、年賀状を送ってくださった方、

 僕の賀状に「住所が変わりました」と発表があり、古い住所に送ってもーた!と思われた方がおられたかと思います。

 大丈夫です。「住所変更届」を出しているので、1年間、転送されることになっています。賀状にその旨を書くべきでしたが、抜けてしまいました。

 申し訳ないです。

 大みそのブログの後のことを振り返りたいと思います。

 紅白歌合戦を見ました。中盤までは「しょうもない」とか思っていましたが、レディー・ガガの登場からがらっと面白くなりましたね。彼女のことは良く知らなかったのですが、素晴らしい歌唱力でしたね。歌詞にも、感動しました。

 そして、長渕剛。

 宮城県石巻市からの熱唱でした。

 こんなんいうのもアレですが、当日だけ「被災地のために」っていう人と、それまで被災地や被災者のことを想って行動してきて当日を迎えた人とでは、伝わり方が違うなぁと感じました。

 長渕さんは、自衛隊の応援だけでなく、被災地の子供たちと交流を重ねられ、「ひとつ」を熱唱された。伝わるものが大きかったです。

 でも、正直に言いますと、当日の僕は、長渕さんの唄を聞きながらも、途中から映像に眼を移すことができませんでした。なんか、びびってしまったんです。

 というのも、長渕さんがライブ会場に使っていた門脇小学校は、「被災地に学ぶ会」で、通らせていただいたところだったんです。じっくり目に焼き付けた被災地でした。僕が被災地について、一番最初に、現状を知った場所だでもありました。

 なのに、眼を伏せてしまった。

 そんな弱い自分と向き合いながらも、これではアカンと思い、もう一度、DVDで長渕さんのシーンを見直しました。しっかりと、最後まで。。。。

 長渕さんのバックにの学校がくっきりと見えてくると、被災地に学ぶ会の先生の言葉がよみがえってきました。

 「私たちにとってあの学校は廃墟にしか見えないかもしれません。でも、あの学校に通っていた子供たちや関係者、卒業生にとってはかけがえのない学校です。その想いを感じてください。そして、これから拾わせていただく瓦礫も、瓦礫であって、瓦礫ではないんです。ですから、早くやろうとか、終わらせようとか思わずに、ゆっくり丁寧に、色んな人の想いを拾わせていただきましょう」

 少々、言葉は違ったかもしれませんが、あの時のことが思い浮かびました。

 長渕さんが歌っていたように、「共に生きる」。

 「今を生きる」我々の、これからのテーマなんじゃないかなと思います。

 ところで、みなさんは初詣にいかれましたか?
 
 僕は例年どうり、同級生の神社に行きました。

 杵築神社といいます。

 歩いて五分以内のところにあります。

 今年は、同級生の女の子から連絡があり、年越し1時間前に神社に行きました。

 ほぼ1年くらいあっていなかったので、同級生とはこれまで1年にあったことを話しました。同級生っていいですよね。特に、小学校の時の同級生って、なんでも話してしまう。今さら、恥とか、カッコつけたりとか、思わんからかもしれない。

 それぞれの立場で濃い話をしてました。

 話題に出てきたのは、鬱とか自殺とか。

 というのも、昨年、僕のそう遠くない人が自から命を断ちました。(遠くないと言っても、近くもないんですけど、まぁ、適当に想像してといてください。)

 同級生とそんな話をしていると、ある監督の話を思い出しました。
 
「ニュースで聞いたような話が、どんどん身近になってきているよな」。

 どんなニュースも、他人事ではなくなってきていてる。
 
 僕だって、どんな病気になるか分からないし、いつどうなってしまうかもわからない。

 身近にいるあのひとも、この人も…それくらい、今の日本、日本人は病んできているのではないかと思います。

 年が空ける間際に、なんのはなしをしんねんって、感じなんですけど、でも、暗い話をしているって感じではなかったです。むしろ、感じることも多かった。

 いつか、どこかで、誰かつながっりを持っていたら、何かあった時に力にることがあるのかもしれないんじゃないかな、と。

 「共に生きる」ってそういう意味「も」あるなんじゃないかって。

 そんな話をしていると、年明けが近付いてきて、参拝の列に並んだ。そして、彼女は言った。

「うじくん、私らの順番、7番目やで!今年はエエことあるかもね」 

 共に生きる。

 長渕さんも、同級生の女性も、素晴らしいことを教えてくれました。

 ちなみに、長渕さんも、その同級生も、

 僕が小学生の頃からのファンでした!(笑)

Written by 氏原 英明

2012年1月3日 1:45 am

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日常生活は生き方である。

 2011年が間もなく終わります。僕の仕事は、さきほど、「人間力×高校野球」の総決算コラムを出し終わり、それが最後になります。(更新については、さっき出したので、いつになるかは分からないです。お待ちの方がたくさんおられると聞きました。お待たせしました!)

 皆様には大変、お世話になりました。

 この1年間、日本人にとって非常に大きなことがあった年なのではないでしょうか。日本人として何ができるのか、人として何が残せるのか、自分が今、生きている意味はどこにあるのか。

 特に、あの震災以降、多くの人が考えたことでしょう。地震が自分のところでなくて、ラッキーではなく、生かされた人生だからこそ、今を生きることに、もっと真剣に取り組んでいかなければなりません。

 実際に被災された方々の、心が穏やかになるのが一日でも早くなることを祈りつつ、「今を生きる」をテーマに生きていきたいと思います。

 自分は何ができるのか。

 「人は簡単には変われない」。

 被災地に行かせていただいて、感じたことです。被災地に行かせてもらったことは、自分の人生に取って大きな衝撃でした。

 自分がいかに震災のことを分かっていなかったのか、痛切に感じました。

 しかし、実際、それが行動に表れたかと言うと、そうではないんです。その時に衝撃を受けて自分は河原ろうと思うだけでは、何も変わらない。

 日常生活が全てなんです。

 日常生活が、生き方なんです。

 変わろうと思うのなら、日常生活が変わらなければならない。

 自分と向き合い、日常生活をどう生きるか、どう生きたいのか、だと思います。

 2012年の目標は自分なりにあります。

 それをここで発表すべきことではないですが、一つだけ言えるのは、「深さ」を追求して行こうと思います。

 これまでは、何でもかんでも、書きたい、書きたい、でした。取材現場に足を運びまくり、書きたい意思を先方に伝え、仕事をしてきました。

 来年も取材現場に行く回数を減らそうとか、そういうことではなく、仕事の深みを追及して行こうということです。

 今までも、取材で得た材料は深かったと自分では思っています。着眼点も、そんな悪くないと思います。しかし、ある一部分は浅かったと自分では思っています。

 一本にこだわり、一つにこだわり、積み重ねていく。

 「有名であることに価値はなく、本物に価値があるんやと思います」。

 JICAの一員として、発展途上国で日々、戦っている人がくれた言葉です。

 目先の評価にとらわれず、本物を目指していきたい。

 でも、そのためには、日常生活。

 どうなりたいかどうか、

 自分の生き方は日常生活にあると言うことを自分に問いかけながら、

 2012年の一生懸命、生きていくぞ!

Written by 氏原 英明

2011年12月31日 6:12 pm

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今年1年、印象に残った言葉。

 ご無沙汰しています。
 最近、なぜか、滋賀県づいています(笑)

 先日、素晴らしい指導者にお会いました。滋賀県の進学校で指導されている監督さんです。前任校では、学力底辺で地元からも避けられていた学校を、愛される学校へと変えられた監督です。県大会準優勝や育成枠でのプロ野球選手など、世間の皆様が大好きな『結果』も出されている方です。

 この取材はというと、BBFANの「監督とは」の一貫です。まだ、発表していませんが、実は、BBFANのこの連載は、有名・無名関係なく、取り上げていっています、じゃ、どうやって人選しているのかと言うと、取材した監督さんの推薦で成り立っているのです。

 第1回目の城東工科・見戸先生から始まり、見戸先生の推薦で姫嶋先生、姫嶋先生の紹介で、今回という風にです。

 正直、初対面でどうなんかなぁという緊張感があったのですが、素晴らしい指導者でした。単純に野球の技術指導が上手いんじゃなく、人間指導を上手くされているなぁ。なおかつ、「将来の日本」を考えているなと思える指導者でした。

 今回の方は、雑誌とかで取り上げられているのをほとんど見なかったのですが、「いるんやなぁ~」っていうのが正直な感想です。

 世間には知られていないけど、素晴らしい指導者が高校野球界に隠れている。そのことを痛感しました。

 甲子園で何勝したとか、プロ野球選手を輩出することが素晴らしい指導者という世の中ですが、日本の将来のためを想えば、世に出すべき人材だと僕は思います。

 ど年末に、素晴らしい方とお会いできた幸福感でいっぱいです。

 さて、今年も様々なことがありましたね。1年間を締めくくるど年末と言うことで、最近は、総括する番組ばかりです。あのシーン、あの言葉、あの優勝…などなど、結び付けていますね。

 みなさんはどんな1年だったでしょう?どんな言葉が印象に残っているでしょうか?

 センバツでの創志学園の選手宣誓でしょうか?

 僕はというと、
「瓦礫であって、瓦礫ではないんです。色んな人の想いがあります」という被災地に学ぶ会の大谷先生の言葉と、「現状維持が嫌いなんです」というダルビッシュの言葉が、強烈に印象に残っています。

 理由はありませんが、、、

 色んな言葉たちにお世話になった1年!

 「氏原さんのあの記事が…印象に残っている」と言ってもらえうように、来年は、頑張りたいと思います。

Written by 氏原 英明

2011年12月29日 10:58 am

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アメイジング・グレイス

 タイトル名の曲をご存じでしょうか?

 結婚式で唄われることがあったり、ドラマや映画などでも、よく使用される珠玉の名曲です。本田美奈子が生前に唄っていたことでも、少し知られているかと思います。

 この曲が誕生するのには秘められた物語があった。

 という実話の映画を見たんです。感動しました。

 どんな話かと言うと、18世紀のイギリスで、奴隷貿易が盛んに行われていた。アフリカから人を連れてて来て、労働力としてこき使う。アフリカからの航海すら過酷で、3人に一人が船の中で死ぬと言う状況でも、イギリス人はそれを厭わなかった。なぜなら、奴隷貿易を辞めてしまえば、自分たちの日常が失われるからだった。

 その状況を打開しようとした一人の政治家がいた―――。彼は奴隷貿易の惨状を知り、殉教して祈り続けるか、政治家となるか迷ったが、師事していた牧師が、元奴隷船の船長で、彼も、奴隷制度に疑問を感じ、殉教していたのだった。そして、彼が作詞したのが、「アメイジンググレイス」だった。

 どんな映画かは想像できましたでしょうか?

 この映画で勉強になるのは、本当にあるべきもの、正しいものに立ち向かっていこうとするエネルギー、そして、愛です。

 いつの時代もいましたよね。真実に立ち向かう人。時代を変えてきた人は、必ず、存在してきました。坂本龍馬がそうでした。そして、その方々たちは、情熱にあふれ、愛情があり、貫き続けました。世間の多くの人が色んなものに流される中、惑わされず、真実だけを貫きました。
 いつの時代にもいるんです。
 どの世界にもいるんです。

 大なり小なりはあるけれど、、、

 これ、おかしいやろ。
 でも、みんな、そうは言わないしな。おれも、そっちに乗っかっておこう。

 多くの人がそうなってしまいがちですが、世界を変えた人たちは、みな、そうはならなかったのである。

 「売上」、「視聴率」、「PV」、「結果がすべて」、「数字につながる」、「お金になる」。

 というのが今の世の中で、そんなんやっても無駄やと本当に大事なことが切り捨てられている。NHKの大河ドラマで「龍馬伝」が流行ろうとも、それは変わらない。
 
 これ、おかしいやろ?って感じているにも関わらず、誰もが目を伏せている。

 みなさんは、一度しかない人生、どっちでありたいですかね?

 橋下大阪市長が永田町を訪問しました。「都構想」を掲げた、彼の真実を貫いた行動でした。今や人気者です。その橋本市長に対し、中央の政治家の態度を見ました?もう、橋下人気にすがりつこうという姿勢がミエミエでした。

 醜いですよね、滑稽ですよね。彼にすがりついて、次の選挙を上手くさせようって、思ってるから、あんなミエミエの行動が「平気」でできちゃうんです。

 真実は何か。信念とはいったい何なのか。

 今、問われていることじゃないでしょうか?

 いろんな指導者の方と接すると、今の野球界「おかしい」と感じる人が増えてきているようにも思えます。その中で、「このままやったらアカンやろ」と行動されている方と接する機会を頂きます。

 その方々たちのエネルギーや、愛の深さと言うものは、アメージンググレースに出てくる政治家に通じるところを感じます。

 時代や土俵の違いにはあるにせよ、「おかしい」と感じたことに対し、真摯に立ち向かっていくエネルギー、勇気、愛。

 素晴らしいですよね。 

 我々の仕事でも同じです。ドラフト候補になったから、この選手はお金になるから、このチームは甲子園に出るから、、、ではなくて、真実とか、深さとか追い求めていきたい。

 何かを残したいですよね。

 この業界に。

 ちなみに、映画のHPです。
 予告編をどうぞ!

 

Written by 氏原 英明

2011年12月22日 11:09 am

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共存共栄はあるか。

 レンジャースか、ブルージェイズか、もしくはヤンキースなのか。。。

 ダルビッシュの交渉権をどこが獲得するのか。どきどきしますね。

 さて、2回前のブログで、ベースボールミーティングのことを書きました。講師の名前を伏せているのは、決して、隠し事があるわけではありません。深さの話だったので、上げなかっただけです。

 説明をしておくと、初日が成美大の小林敬一良監督の実技演習会で、小林先生の指導理論を実演していただきながら、「身体の使い方」について、勉強していくものでした。2日目は、小島圭市さんがスーパーバイザーを務める堺ビッグボーイズの練習風景を見学するというものでした。

 どちらも勉強になる会だったのですが、この二日間の一幕で、小林先生さすがだなって改めて思わされたことがありました。

 というのも、今回の練習会には、近畿はもとより、あらゆる地方から指導者や野球選手、それに絡む方々がこられていたのですが、そのメンバーの中に、京都教育大の選手たちがいました。

 ピンと来た人もおられるでしょう。そうです。小林先生が指揮を取っている成美大学と同じリーグに所属する「ライバル」が来ていたのです。

 ふつうね、ライバルチームを遠ざけるのが日本の野球界には多いじゃないですか。

 小林先生には、そんなの関係ないんです。「野球」というフィルターの仲間なんですね。

 たくさんの指導者が「投手の矯正法」などを聞く中で、小林先生は指導のヒントを与えるのですが、京都教育大の選手たちにも、熱心にアドバイスを送っていました。

 京都教育大が強くなれば、困るのはライバルの成美大であるはずなんですけど、そんなの、介さないんです。

 「あの子、エエボールほるねん」「エエセンスしとるねん」

 小林先生が、時折、そんな会話をしてました。

 まさに、共存共栄なんです。

 ともに、良くなっていこう、栄えて行こう。

 野球界に最も欠けている部分ではないでしょうか?

 10年ほど前の話になるのですが、奈良新聞で働いていたころに、「高校サッカーを考える会」という会合に参加させていただきました。

 大阪での開催なので、経費は降りなかったんですけど、どうしても興味があったので、僕は参加したんですよ。一応、小さい記事になりました。

 そこには、奈良育英の上間先生はもとより、たくさんの近畿圏内のサッカー関係者、ガンバ大阪のスカウトもおられましたし、大学サッカー、スポーツライターの尾崎るみさん、僕の中学校の先輩で、元浦和レッズの西野努さんもこられていました。

 会では、最初に、日本サッカー協会の小野剛(元広島の監督や日本代表の参謀としても活躍)の講演があり、実に興味深い話を聞かせていただきました。日本人の「決断力」の話から、凄く楽しかったですし、勉強になりました。

 監督さんたちは、普段は、偉そうにしているようだけど、「高校サッカーに未来」について、勉強されているんだな、考えているんだなー。その時にそう感じました。
 
 一方の高校野球にはあるのでしょうか。

 この世界に未来について、話あわれたことがあるのでしょうか。指導者の講習会とか、小さな会はあるでしょう、「甲子園塾」とか。でも、それは、あくまで「勝つための」指導であったり、ノックの打ち方であったりします。高校野球がこれからどうあるべきか、ホント、語られていないのではない、と思うんですよ。

 90年以上の歴史を残りながら、何も語られていない。高野連のトップが何かを決める会議はあるにせよ、「高校野球はどうあるべきか」。語ることがタブーなのかと思えるほどです。

 残念なことだなって思います。

 高校野球には課題が多いですよね。日程のこと、球数のこと、開催時期のこと、様々ありますよね。

 例えば、今年のセンバツ、開催すべきだったかどうか。多くの人から「なんでセンバツをやったんだ」って言われたりするんですけど、結局、それぞれで口にするだけで、良くするためにとか、ない。

 これから野球界が良くなっていくためには高校の垣根の声、ライバルとか、そういうものにとらわれず、野球界を良くしていこうと言う観点が必要だと思います。自分たちが強くなるためとか打算的なことではなくて、野球界のために、みんなが知恵を出し合う世界であってほしいです。

 来年のセンバツを、「東日本大震災復興祈念試合」とし、東北地区の出場校を6校。入場料収入を全額義援金という議論とか。。。。

  

Written by 氏原 英明

2011年12月16日 6:31 pm

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『1/4の奇跡』


1/4の奇跡

 言葉はありません。

 読んでください。

 私たちが健康でいられるのは、「1/4」の存在があったからこそ。

 この世に生まれてくる全ての命に意味があるのです。

 ぜひ! 

Written by 氏原 英明

2011年12月13日 9:06 pm

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深さを求めて。

 こんばんは。

 この2日間は、「Prospct Meeting of Baseball」の取材に行ってきました。

 二人の講師をお招きして、練習方法の実技演習をしたり、堺ビッグボーイズの取り組みを紹介する中で、指導のヒントを提供するというものでした。

 両日に共通したのは、「深さ」だったのではないかなと思います。

 中学・高校・大学・プロも含めて、たくさんの指導法や野球へのアプローチ・考え方があります。雑誌やネットなどで目にするものなど、数え上げたらきりがありません。

 ただ、取材を重ねていく中で、僕自身も疑問に感じることが、ここ最近は多くなってきました。

 確かに、この指導法、理解できる。

 でも、待てよ。。。

 高校3年間では、ためになるけど、あれ?その先は?

 そう考えていくと、先の見えないものばかりだったりするんです。たとえば、過剰な投げ込みだったり、走り込みだったり。

 「インスタント」っていう言葉が、一番伝わりやすいと思うんですけど、短期間では良くなるけど、長い目で見ると、あまり良くない。カップラーメンって、すぐに出来てお腹一杯になるけど、、職人が作るラーメンほどじゃないですよね。

 職人は熟成して、熟成して…味を深く追求して、追及して…

 本物のラーメンができる。まやかしじゃないんです。

 何事も、そうなんじゃないかな。

 だから、育成年代にとっての野球指導は、野球選手として一人前になる基礎の部分であって、すべてになってはいけない。つまり、高校卒業までで完成することなんてありえない。なのに、そうであるかのように、インスタントに人を作ってしまっている。

 高校野球の指導に限らず、今は、モノづくりや、物の考え方が凄くインスタントになっている気がするんですよね。スポーツの番組とかでは、通の人を出すより、タレントを出す。スポーツの素晴らしさをつたえることよりも、小手先の視聴率を求めたりだとか。

 いろんなところで、「インスタント」が目立つんです。

 ただ、人を育てるとか、何かを生み出すという部分に置いては、「インスタント」になってはいけないと思うんですよん。野球の指導、いわゆる、「育成」はインスタントではいけない。

 とりあえず、まっちょにして、金属バットの力を借りて、甲子園に出場する。

 でも、その先は?

 とにかく、ボールを投げ込んで、走り込んで、夏の甲子園を戦えるスタミナをつける。

 でも、その先は?

 後者なんて、ひとの身体を壊すわけで、下手すれば、取り返しのつかないことだってある。

 だから、これから大事なのは、「深さ」をどれだけ、追い求めていくことなのではないかなと思います。

 この2日間、参加させていただいた「Prospct Meeting of Baseball」には深さがありました。講師の方々が深い話をされ、また、出席者も、求めておられました。

 僕にとっては嬉しい話で、ここのブログを呼んで、飛び込みで連絡をとり、出席をされた九州の方がおられました。僕自身も、全く知らない方です。でも、これは僕の記事やブログの影響力が凄いということじゃないんです。この方が「深さ」を求める人だったからなんです。

 堺ビッグボーイズも、深さを追求しています。僕は、何度か個々のグラウンドに顔を出させていただきますが、来るたびに「指導とは何か?」を考えさせられます。。

 このチームのナインは、良い顔して練習しています。例えば、タイヤを押したりする冬練。きつくて嫌な練習ですよね。楽しそうにやってます。やらされてません。かといって、遊んでいるわけでもありません。

 グラウンドに罵声や怒声がないと言うのも関係しているでしょう、けど、それだけではない、「環境」がこのグラウンドにはあり、選手が本当にイキイキとした顔で練習しているんです。

 「深さ」は、何も、野球の指導だけではないと思います。

 僕の仕事も…

 「深さ」を求めて、これからの活動に生かしていきたいと思います。

 みなさんの仕事も「深さ」。見つけてください。

 最後に、

 選抜チームの練習試合があったそうです。

 このクソ寒い時期に、今、成長期にある選手たちの練習試合をやらせることに、

 野球界の未来は感じません。

 PS 野球善哉がUPされました。プロアマ問題について、提言させていただきました。

 来年こそもっとプロアマ交流を!
 日本球界が一気に活性化する新提案。
 

Written by 氏原 英明

2011年12月11日 11:14 pm

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考え方一つで、人生は変わる!

 何年か続けて、ドラフト関連の雑誌に関わらせていただいていると、ふと気付くことがある。

 「毎年、同じこと言ってるよな、ドラフト候補って。。。」

 ホンマ、そうなんです。もちろん、それぞれ個性や表現の仕方は違えど、過去の雑誌をぱらぱら、自分の原稿も含めて、読んでいると、ドラフト候補の言っていることって、そんな変わらない。

 要するに、プロ野球選手になるための考え方って、そんな変わらなくて、その領域にいつたどり着くかなのだと思う。

 例えば、大学でプロに行けなかった、社会人は、1年目でブレークすると、こんなことを言うんです。

 「変化球でカウントを取れるようになった」
 「大学の時は、ストレートばっかり投げていました」
 「球速にこだわらなくなりました」

 このコメント読んで、こう思った人もいるでしょう。

 「高校生でもいうよ、そんなこと」

 そうなんですよ。結局、そこにいつ気付くか。

 もちろん、速い球が投げれるとか、ポテンシャルの違いがあって、プロに行けるいけないはあると思う。けど、プロに行っている人間と同じ球質を持ちながら、プロに行けない人の多くの違いは、気付くのが遅い。つまり、考え方が幼い。

 練習に対しての取り組みもそう。

 ダッシュ10本を、どう走るか。

 指導者の導き方も大事になってくるけど、この10本をどういう意欲で走るか。

 日ハムの榊原が大学時代にこんな話をしていました。

 「ダッシュの10本、1本でも抜いたら、それが大事なところで出る。しんどいと思って練習をやるのか、上手くなりたいと思って走るかで、全然違ってくると思う」

 この言葉は、アマチュア選手には金言といっていい。

 榊原という選手は、実に参考になる選手だ。

 中京高校3年春に甲子園に出場した榊原は、高校卒業後、三菱自動車岡崎に入社する。ところが、入社して間もなく、親会社のリコール問題で部は活動を休止。榊原は移籍か、辞めるかの決断に迫られた。そして、彼は関西国際大へ入学した。

 不運な人生だと思うかもしれないが、この、ほんの短期間、社会人にいたことが榊原にとっては大きかった。

 社会人で、多少「大人」になってから、彼は「学生」になったのだ。

 大学入学後、規定のために、すぐには公式戦に出られなかったが、その期間を過ぎると、彼は勝ちまくった。なぜなら、ピッチングが大人だったのだ。

 カウント2ボール0ストライクで、ストレートを投げるようなピッチャーではなかったのだ。社会人で覚えた、クイック、けん制、フィールディング。それも、そつなくこなした。ライバルだった大阪産業大学・藤田透監督(=当時、現関西大学監督)はこういったものだ。

 「大学生のピッチングじゃない」。

 榊原のような考え方の領域に行きつくかどうか、早ければ早いほど成長するし、未来は大きく開ける。ストレートが速い「だけ」のピッチャーはなかなかプロに行けなかったり、行ったとしても、活躍ができないのは、そうした「甘さ」が往々にしてある。

 ただ、この変化球に対する考え方には、ひとつ、落とし穴がある。特に、優れた変化球を持っていると陥りやすい。

 それは、一つの球種に頼ってしまい、総合的な力を伸ばせなくなるということだ。頻繁にみられるがスライダーが抜群に良いが上に、多投してしまう。打たれることを恐れ、スライダーばかり投げて、気が付くと、ストレートが走らなくなってしまうのだ。

 ご存じのように、高校野球は一発勝負。「負けられない」戦いが続く。「負けられない」っていう精神性が、本来、高めなければいけない部分をぼかしてしまうのだ。

 中学時代から有名で、高校時代からも有名。自分の名を、評価を汚したくないと思えば、勝てる確率の高い方を自ずと選んでしまうもので、その結果、下級生の時、勝ったは良いが上級生になってみると、総合的な力が上がらず、しぼんでしまうケース。結構、いる。

 名誉のために、名前はあげないけれども。

 ここにも気付けると、選手はさらにワンランク上の選手になれる。

 ある監督がこんなことを話されていた。

「中学、高校、大学、社会人の練習って、どこも同じようなことをやっているんですよ。そんなに大きく変わらないんですよね。何が違うかって言ったら、考え方。いかに速く気付いて、質の高い練習をするかだと思うんです」。

 もちろん、指導者の力も大事になってくる。押しつけまくってばかりいたら、なかなか、自分で考える力は培われない。練習時間が多すぎれば、考える余裕もなくなるし、野球ばっかりなのも、考えに深みが出てこない。

 でも、これって、野球に限らず、なんですよ。人生、いかに早く気付くかなのではないかと思うんです。

 アルバイト一つでもそう。同じ職種を、20歳でバイトするのと、色々経験して、25歳でバイトするのとでも全然違う。20歳の時は、なんて、段取りの悪いことをしていたんだと思う。一つは経験だし、色んなことを見てきたことで培われる、考え方の違いもあるだろうし。

 急には大人になれないからね。せめても、同い年の中での「大人」になれるように。それだけでも、人生、変わるんじゃないか。とそう思います。

 考え方次第で、人生は変わっていくのだ!

 俺、5年前、こんな記事書いていたんだ、子供だな~~~。

 いやいや、今も、数年後からしたら、子供かもしれない。だから、考え方を、もっと広く。生き方をもっと深く。

 そんなことを、ドラフト候補の取材から思いました。

Written by 氏原 英明

2011年12月8日 6:41 pm

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アスリートの本棚。

 おはようございます。

 1週間が始まりました。

 タイトルの「アスリートの本棚」とは、昨年、Numberで特集されたものです。どんな特集だったかと言うと、有名なアスリートたちはどんな本を読んでいるかというもの。読書家で知られるサッカー日本代表キャプテンの長谷部誠や陸上の為末大選手、野球界では田中浩康などがピックアップされていました。

 僕は、夏の甲子園に出場している選手や監督たちはどんな本を読んでいるのか、調査・リポートさせていただきました。

 東京のどこかでの書店では「アスリートの本棚」というコーナーが設けられたというくらいですから、影響力はあったのでしょう。僕も、読んでいて面白かったなと思います。また、やってほしいと思う企画の一つです。

 実際、読書することがどれだけ大事なのか。答えが出てくるわけではありません。本人らの中に生まれてくるものだと思いますが、僕は、考えが偏らないためにも良いのではないかなと思います。いろんな考えを知ることで、野球ばっかりにならない。そんな気がします。

 頭を整理することで、心も整理できる。人間の器を大きくする一つのきっかけになるのではないでしょうか。聖光学院の斎藤監督は「指導者は勉強することを忘れてはいけない。読書は人としてのキャパを広げるもの」と話していました。

 有名な読書家と知られる、西武ライオンズの菊池雄星で面白いエピソードがあります。彼が高校3年春のセンバツの甲子園練習でのこと。囲み取材の時に、トイレ掃除の話になったのですが、その流れで「鍵山秀三郎さんって知ってますか?」と聞いたんです。

 彼は「知らないです」と応えたのですが、「トイレ掃除を実践されている方で、たくさんの書籍を出されている人なんですよ。『凡事徹底』とか」と僕が言うと、彼は「今度読んでみます」と返してきました。

 そして、数カ月後、知人のメーカーの方が花巻東に行く用事があるので、それとなく聞いてもらったら、なんと、菊池雄星は鍵山さんの本をすでに読んでいたのです。彼がそれをどう思ったかとかは聞いてませんが、いち記者から聞いた言葉で関心を寄せて読書をする。彼の姿勢には驚かされたものです。

 読まされて読むのと、自分で読むのともまた違いますし、人間的な器でいえば、大きくなっていくのではないか。彼の器の大きさを感じたのは言うまでもないです。そりゃ「メジャーに行きたい」って言いますよね。

 菊池エピソードは、「アスリートの本棚」が発売されるだいぶ前のことですが、あの号が出て以来、「アスリートと読書」については、気になるようになりました。全員とまではいきませんが、取材をする中で、機会があれば、読書しているかとか聞くようにしています。

 先日、来秋のドラフト上位候補と評判のピッチャーを取材に行きました。取材をしていると、受け答えが良い上に、言葉がスラスラっと出てくると感じたので、どことなく探ってみました。すると、「国語が好きなんです」という。さらに突っ込んでいくと、「読書する」と明かしてくれました。

 だいたい、高校球児で読書っていうと、桑田真澄の「心の野球」とか野村勝也の「野村ノート」が主流で、彼も、桑田や野村の本を読んだらしいのですが、どうやら、それだけじゃないんですね。「東野圭吾」「山田悠介」といった名前が出てきたんです。

 私学の強豪校なので、野球漬けなのかなと思ったんですけど、聞いてみるもんですね。監督が「呑み込みの早い選手」と評されていたのですが、何となく、その理由が分かった気がしました。

 この子が将来、どれだけ伸びていくか。楽しみに見守って行きたいと思います。

 

Written by 氏原 英明

2011年12月5日 10:54 am

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