〜心で書く!〜 氏原英明 公式ブログ

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ちょっとだけ考えた。

 センバツ高校野球のさなか、昨日の第3試合終了後、「被災地に学ぶ会」の報告会に行ってまいりました。

 世話人の方々の体験報告や大阪産業大学硬式野球部や学生たちのディスカッション、被災地の避難所のリーダーを務められていた、浅野仁美さんの講演など充実した時間でした。

 震災で我々が感じたこと、それぞれにあると思います。浅野さんの講演では、知らなかった避難所であった現実の話を聞かせていただき、被害状況や死者の数の多さだけが震災の悲惨さを伝えるのではないなと思いました。我々が知らない間に、こんな困難があり、1年を経てきたのだ、と考えると想像を絶しました。

 希望、勇気、感動。

 どれほどの人が当時、イメージで来たのだろう。僕たちが普段軽く使っている言葉も、前を向き始めた時、この言葉の重みが出始めたのではないだろうか。

 さて、先日の日記では多くの反響をいただきました。ブログで100近くのイイネをいただけたのには驚きました。多くの方に現状を伝えることができたのではないかと思います。

 とはいえ、僕自身、あれが正しかったのかな?と数日間、悩みました。

 ああやって、ブログに書くことに、未来はあるのかなぁということです。あの場で、「その質問は良くない」ということを質さずにして、ただ、ブログに取り上げるという行為が正しかったのかどうか。

 僕自身、ちょっとわかんなかったです。

 ただ、きょうの浅野さんの講演を聴かせていただき、ちょっとだけ考えたことがありました。

 浅野さんは講演の中で「良い悪いではなく、別のところに問題がある」というお話をされていました。

 あの場で阿部君に対しての質問をしたことが正しいかどうかなのではなく、あの記者があの質問をなぜ、したのか。しなければいけなかったのか、そこを見ていかないといけないのではないかということですね。

 ストーリーを作るためには「必要悪」なこともメディアの人間はしていかなければいけないという発想がありますよね。

 質問自体は悪いけど、それを伝えるのがメディアなんだよと。被取材者の心情なんて、イチイチ、気にしていたら、ジャーナリズムは成り立たない、と。

 でもね、それが何よりの問題かなと思います。

 メディアの在り方が果たしてどうなのか。そんなことを考えました。

 高校生に対して、あんな質問をする。ヒドイことですよね。記者が悪いのか、質問が悪いのか。そうではなくて、何か問題あるのだろう?と。

 メディアの存在、発想そのもの事態が、問題なのではないでしょうか。

 売上、視聴率のためのジャーナリズムは、何ももたらさないと思います。

 もちろん、「売れなくていい」ということではないけれど…

 そんな感じです

Written by 氏原 英明

2012年3月27日 1:37 am

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由々しきこと

 
 3月22日、取材現場にて、あってはならないことが起きました。

 実は、このことをメディアをとおして発信するべきかどうか、ずっと悩んでおりました。いろいろ、考えたのですが、メディアを通すとたくさんの人に迷惑をおかけすると思ったので、ブログにて、そのことを書かせていただこうと思います。

 ことが起きたのは、高校野球第2日目、第3試合の試合終了後のことです。ピンときたかたがおられると思います。そうです、21世紀枠で出場の石巻工の試合があった日のことです。

 石巻工業と言えば、開会式で、阿部主将の見事な宣誓がありました。僕が印象に残っていたのは、彼が「日本は復興の真っ最中です」という表現を使っていたことです。メディアや大人たちは、よく、「苦難を乗り越え」と表現するけれど、彼らはまだ戦っている。乗り越えようと必死に頑張っている最中なのに、さも、過去のことであるかのように報じる。この温度差を、宣誓を通して、訴えかけているのではないかと思ったのです。。
「被災をされた方々の中には、苦しくて、心の整理がつかず、今も当時のことや、亡くなられた方を忘れられず、悲しみにくれている方がたくさんいます」
 
 彼の言葉に、はっとさせられて人も多かったのではないでしょうか。

 感動!と彼の宣誓をいってしまいがちです、そう思えてしまうほどの言葉を、阿部君は全国に発信したのではないかと思います。

 それなのに、である。

 試合で負けたのは、しょうがない。勝負事ですからね。むしろ、全力プレーで応えた神村学園ナインには拍手を送りたい。試合はベストゲームだった。

 問題は、試合後の囲み取材である。

 壇上に上がった、阿部主将は記者の質問に、丁寧に答えていました。

 ときおり、涙をぬぐい。でも、毅然とした態度を崩さず…彼は凛としていました。

 すると、突然、彼の小学生時代の同級生の話になりました。震災で亡くなられたそうです。

 僕は、その事実を知らなかったので、「そうなんだ。つらかっただろうな」と心の中で思っていました。

 しかし、次の瞬間、ある記者の言葉に、僕は声を失いました。

 「遺体は見たの?」

 どこの社かは知りませんが、ベテランの方です。そして、矢継ぎ早に、「こっちに来る前に、お線香は上げたのか?」「その子の親族に何か誓ったのか?」「帰ってから、なんと伝えるのか?」という質問が飛び交いました。

 壇上にあがる17歳の心情をさっすることなく、20台を超えた、いや、30代~40代の人たちは、質問を重ねたのです。

 メディアは、ときおり、「みんなで聞けば怖くない」的なところがあって、恥も外聞もなく、質問を重ねることがあります。

 それにしても、だ。

 正気じゃない。

 と思いました。

 僕の中には、どうやって、この話題を変えるか、それしか、頭にありませんでした。

 僕は、フリーランスの記者なので、あまり、人気選手とか、囲み取材で多くのメディアを集める選手には、遠巻きに話を聞くだけで、質問をすることは少ないんですが、その時ばかりは、「出なくちゃいけない」という想いが勝ちました。

 話題は変わりましたし、良い時間稼ぎになり、取材時間な終わりました。

 自分がすごいことをやった!そんなことを言うつもりはありません。

 とにかく、あの現場で起きた、大人がしかけた良くないことは、伝えるべきだと思って、このブログを書きました。

 震災が1年になったときのころ、ある方から、被災地が求めていたものの話を聞きました。

 震災直後が「物」で、やがて、「人」だった、と。

 そして、今は「心」なのだと。

 震災は終わっていません。目に見えるところで、復旧・復興が進んでいる地域はありますが、被災者の「心」の復興はまだまだなのです。

 メディアは、良かれと思って、多くの震災報道を今も繰り返しています。

 なぜ、逃げ切れなかったのか、検証をしたりしていますが、それをも、被災者たちを苦しめているのです。

 先日、お会いした石巻の高校の先生が、こんな話をしてくれました。

 「子供たちは、見た目には、震災前と変わらないですよ。でも、心の中までは、僕にはわからないんです」

 友人が死して、何を思うのか。深層までは理解することはできないし、理解しようと思うこと自体、傲慢な考え方だと僕は思います。

 あの試合後、阿部君を取り囲む中で記者の口から発せられたあの言葉を、僕は忘れることはできません。

 これがメディアなんだ、と、これが、今の大人なのだ、と。

 技量の狭さ、器の小ささを感じずにはいられませんでした。

 ああいう人間がメディアの中にいたこと、、、、

 ひとりのジャーナリストとして、恥ずかしく思います。

Written by 氏原 英明

2012年3月24日 1:22 am

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貴重な経験!

 今日は、江坂にて、とある会合に参加させていただきました。

 とある会合というのは、いつもお世話になっている城東工の見戸先生が、石巻商の監督さん、部長先生とお食事をされるというのに、お誘いいただき、参加してきました。

 被災地に行くことで学ぶことがあるのと同じで、実際、被災された方とじっくりお話をさせていただくというのは、何にも変えられない経験になりました。メディアで伝えられていることより大きなことを知る機会になりました。

 僕は被災地に行かせていただいたとき、あまり現地の方とは多く話させていただくことはありませんでした。というのも、「何を聞いていいのか」「失礼な質問をしてはいけない」という想いが先行してしまい、口が開かなかったのです。

 でも、今日、話させていただいて教えていただきました。被災地の方も、話すことで助けられる部分もある、ということでした。癒しになるというとおこがましいですが、少しは胸のなかにあるものがすっと楽になると聞きました。被災地の方は、いろんな経験をされています。しかし、被災地ではなかなか、口にできないものがあります。悩みやいらだち、あるいはうれしいこともそう。

 言いたくても、言えない。
 ということがあるそうです。

 今日はたくさんの話を伺わせてもらいました。

 こういう時にこそ、人間の本性が出るという残念な話も伺いましたし、そこに、人がいないのに、いるように思えたりする現象の話も聞きました。ある人が車を運転していて、人をひいてしまったと思ったそうです。ところが、警察に現場検証をしてもらったところ、そこには人がいなかった、と。「バスに(無人)人が見える」とか、「あの学校に、何人かいるよね」というような話があるそうです。車の話は、1件や2件だけじゃないそうです。

 この話には被災者と被災者じゃない人の心の中にあるものの違いを感じずにはいられませんでした。

 監督さんがおっしゃられていました。

 「子供たちを見ていると、震災前と震災後、変わりはないようにみえます。しかし、心の中で思っていることまでは、僕らにはわからないです」

 実際に被災された方でも、そんなことを言われるのです。

 1年たったから、こんな話もできましたが、先生方のこの1年は僕らでは想像もできない過酷なもので、その想いというのは、僕らには、わからないところにあるのだろうなと思います。

 あすからセンバツが始まります。石巻工業が出場します。何も知らない僕らが、彼らに求めてはいけません。ただ、きょうお会いした方々のお話では、「昨年のセンバツは見る余裕がなかった」と聞きますし、その中で、彼らがどういう選手宣誓をするのかは…気になります。

 期待するとか、楽しみだとか、そういう意味ではなく、

 大谷VS藤浪より、大事なことかと思います。

 ただ…、石巻工の主将・阿部君、体調が悪いと聞いています。

 なんとか、うまくいってほしいな。それだけが願いです。

Written by 氏原 英明

2012年3月21日 1:40 am

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安定志向とか、安定感。

 昨日は、堺ビッグボーイズのグラウンドに行ってきました。

 逸材ゴロゴロです。

 とかいったら、多くの指導者は見に行かれますかね?(笑)

 雨のために、多くの練習は見られませんでしたが、いくつか新メニューがありました。常に、「バージョンアップ」が堺ビッグボーイズのスゴイところです。何回行っても、飽きません。常に、創意工夫が見られる。良いと思った練習は、そこに、酔ってしまいがちじゃないですか?何事も「すべてが完璧」ってなわけがあるはずがないんですよね。子供たちのために、コーチ陣がいろいろやってます。

 スーパーバイザーの小島さんも来られていました。じーっと、練習を見られていました。あーだ、こーだ、いいまくるのではなく、じっくりと観察する。指導にとって大事なことだよくおっしゃられています。

 やらせてみる。あとは観察。そこが第一歩です。

 「やってみないとわからないから」

 小島さんが言うのを耳にします。

 ただ、今日の取材でもそうだったのですが(松阪高校にいってました)、最近、この「安定志向」とか、その逆の「チャレンジ」をテーマにした話題を耳にします。

 「最近の子は、チャンレンジをしない。安定を選ぶ」

 というような話です。

 今の時代に「安定」ってあんのかな?っていうのが、僕の正直な意見ですけど、でも、みんな安定を求めたがるんです。安定した給料とか、安定したお金、安定した地位、とか…。

 そうなってくると、物の価値判断が、お金になるからとか、数字になるから、目に見えて成果になるから、とか、そういうものになっていって、視野がどんどん狭くなっていくような気がします。

 安定しているつもりでも、精神は不安定。いろんな病気が増えてしまいます。

 むしろ、不安定な仕事をしていると、自分が不安定なのはわかっているから、どんどん、チャレンジしていく。ちょっと成果が出ても、まだ不安定だと思うから、さらにチャレンジをする。

 不安定なのに、実はチャレンジし続けていくことで、すごく安定していたりするんですよね。

 今の時代、何が起こるか分からないじゃないですか?そのなかで、強く生きようと思ったら、不安定なところで、いかに生きられるか。安定を求めていたら、強く生きられるのだろうか、とそんなことさえ思います。

 野球でもそうですよね。「このピッチャー、安定感あるナァ」なんて、思っていて、そういうピッチャーが崩れたら、取り返しがつかなくなりますよね、チームはガタっといく。不安定な場合は、いろんな準備をしますよね。モップアップ、セットアップ、クローザーという形でね。不安定さがチームを安定させたりしますから。

 僕も、こういう仕事をしていると、安定した給料がほしくなります。でも、それは安定したい、ではなくて、「楽したい」だけであって、そこに人生の充実感も、将来性も何も生まれて来ない。

 自分の仕事を正当化するつもりはないけれど、目の前の仕事は全力でやりぬきまながら、目先にとらわれず、常に、チャレンジし続けていきたいと思います。

 途中で止まるから、不安になる。

 頑張るぞー。

 

Written by 氏原 英明

2012年3月19日 10:33 pm

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わかっているつもり

 高校野球の組み合わせが決まりました。

 いきなり、藤浪と大谷かよ、とかいろいろありますが、

 奇跡的なことに、選手宣誓を石巻工が引き当てました。

 いろんな見方がありますよね。

 僕自身、なんかは、ああいう舞台で被災地のこが宣誓するのはつらいんじゃないか、そんなことを思ったりしましたが、違いますね。
 
 「石工の子が言うからこそ重みがある」と

 スポーツライター・高橋昌江さんがブログで書かれていました。

 被災地に今も住んでいる高橋さんは、今のメディアが報じているものと、現実とを知っている人物です。震災の時は、その場にいなかったかもしれませんが、被災地の苦悩を知っている。

 彼女のブログにあった「『苦難を乗り越え』と言いますが…、いまだ苦難の中」という表現には、脳天を叩かれた想いがいました。

 わかっているつもりでも、わかっていなかった。

 メディアの一人として、情けなくもありました。

 これからセンバツが開幕し、被災地について、メディアは「物語」を書くと思います。

 「わかっているつもり」から脱却することが、まず第一なのではないかと思います。

 高橋さんのブログです。

 今日も青空の下で、笑顔を咲かせる

Written by 氏原 英明

2012年3月17日 8:36 pm

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思いやる。

 震災から一年がたちました。

 報道などでは、「震災を忘れてはいけない」と、特集番組が繰り広げられています。我々はそれを見て、普通に色んな感情を持ちますけれど、僕らだけが普通じゃないと言うことに気付かされました。被災地の方は、津波の映像をどういう想いで見るのか。「あーすればよかった、こうすればよかったという想いがする」という話を、ある方を通して伺いました。

 震災報道は大切だけれど、そういう感情を持つ人がいるということを知るべきだと思いました。

 今日の僕の活動はと言いますと、昼前に「ならまち」に出かけました。というのも、ならまちセンターにて、チャリティー屋台をしていると、J1を目指す「奈良クラブ」のGM矢部次郎くんから聞いたからです。少しでもお金を落としていって、それが復興の何かになればな、という想いがありました。

 奈良クラブのグッツ、軽食を済ませました。

 そのあとは、献血センターへ。

 というのも、震災が起こって8日後、僕は友人の誘いで献血をしました。その価値がどれだけあるかは僕には分かりませんが、震災が起こるまでの僕は「献血」なんて、頭になかったんです。震災を通して、足らない血があることを知りました。

 世の中で血を欲しがっている人は震災の犠牲者以外にも多くおられると聞きます。ですので、震災があった1年のこの日に、献血に行かせていただきました。献血センターの受付の方がおっしゃられるのには、「足らない」だそうです。

 献血が終わったら、14時35分。行基前にて黙とうをさせていただきました。

 昨日の日記では、高校野球関係者の皆様に、黙とうを呼びかけました。どれくらいのチームが黙とうをされたかは分かりませんが、心温まる話を聞いたので、紹介しようと思います。

 大阪府立のある高校。今日は練習試合だったそうですが、試合前から14時46分になったら、試合を止めて黙とうをすることを決めていた。すると、試合が終わったのは、14時45分。測ったかのような試合終了タイム。そして、スコアは2-2の引き分け。

 両チームが融合して、黙とうが行われたそうだ。

 心温まる話ですよね。

 昨日、侍JAPANによるチャリティー試合が行われました。相手は台湾代表。9-2の圧勝だったのですが、報道を見ていると、「打たれて悔しい」とか「勝てたから良かった」というのを見たり、耳にしたりしましたが、これは対戦相手になってくれた台湾代表に対して、すごく失礼な発言だと思います。

 「一生懸命やる」ことが大事で、「相手を打ち負かす」ことに、この試合の意味はないと思うからです。大差が付いてしまったことはしょうがないことだけれど…

 一方で、昨日のJ1開幕戦では「被災地同士」の対決がありました。勝ったのは仙台。負けたのは鹿島。

 しかし、スポニチによる、仙台・手倉森監督の素晴らしいコメントがありました。紹介したいと思います。

 「鹿島に勝ったことで、自信を持って進んでいけるけど、終わった瞬間は正直、1試合消化したという安心感でした。被災地同士の対決で明暗が分かれることはつらいなと思いました」

 「思いやる」と言うこと。

 震災が教えてくれた大事なこと、と僕は思います。

Written by 氏原 英明

2012年3月11日 3:44 pm

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高校球児、高校野球の監督さんへの呼びかけ。

 練習試合が解禁されましたね。

 センバツに向け、あるいは、春季大会に向けて、たくさんの練習試合を組まれているのではないかと想像します。

 一生懸命なのは分かります。 「勝ちたい」のも、分かります。

 でもね、明日の14時46分は、

 「勝ちたい」気持ちを抑えましょう。

 練習試合を中断して、黙とうを捧げましょう。

 もし、監督さんが試合を中断してくれないなら、選手たちは心の中からでもいいと思います、

 どのチームがやって、どのチームがやらなかったと、

 調べるつもりはありません。

 想いを寄せましょう。

 

Written by 氏原 英明

2012年3月11日 1:15 am

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センバツを観戦予定の高校球児、高校野球の指導者、ライターの皆様

 今月21日、センバツ大会が開幕します。

 全国の高校球児、指導者の皆様は、日々勉強にと鍛錬を積まれていることと思います。

 おそらくですが、センバツ大会を勉強にと、全国各府県からお勉強に来られる方もおあられるのではないでしょうか。そんな方々に告知です。

 3月26日 「被災地に学ぶ会」IN大阪が開かれます。せっかく、関西に来られるのなら、こんなところで地道な活動をされている方を知るのも、一つの勉強ではないでしょうか。

 被災地に行くのが良くて、被災地に行かないのが悪い。そんなことではありません。

 どこかで被災地を想っている。

 そのことが何より大切です。

 大事なのは「想い」です。

 被災地に学ぶ会では「想いを寄せる」という言葉がしきりに出ますが、様々な想いがあると思います。

 時には「野球だけ」にならずに、学ぶことも経験の一つとして大切かと思います。

 来るべきだ、来なければらない、

 そういうつもりはありません。

 もし、良ければと、参考までに「被災地に学ぶ会」の世話人の方々にお送りいただいたチラシを貼り付けさせていていただきました。

 「氏原のブログを読んだ」「氏原のフェイスブックを見た」と言っていただいても構いません。何かのきっかけに、あなた方の想いをこの会に寄せてみてください。

 

 あと、寄稿した原稿もお知らせしておきます。

 “上原二世”と呼ばれた元巨人ドラ1。
 村田透が米国で一世一代の大勝負!

 異国で陽の目を浴びずに、奮闘する若者がいます。

 成功することも大切ですが、それ以上に大切なことがあります。

 挑戦する者に光りあり。

 

Written by 氏原 英明

2012年3月3日 1:48 am

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おかげさまでございます。

 どうも。

 先日は、つまらないブログをお読み頂きありがとうございます。

 さて、週末は宮城県の石巻まで行ってきました。「第9回被災地に学ぶ会」に参加してきました。僕自身、二度目の被災地に学ぶ会でした。

 今回は、谷(や)川小学校の掃除でした。谷川小学校は震災前に廃校が決まっていたんですけど、津波に飲み込まれてしまいました。震災当日は卒業式の練習をしている最中だったそうで、全員無事ではあったんですけど、体育館はなくなり、学校の2階部分の瓦礫処理は進んでいましたが、1階部分は瓦礫だらけで放置されたままになっていました。来月、谷川小学校の廃校式典が行われることになっていて、学校をきれいにする必要があるということで、「被災地に学ぶ会」の世話人の先生が直接、谷川小学校にお手紙を書かれ、掃除をさせていただくことになりました。

 世に言う「ボランティア」活動ではありますけど、実際はボランティア活動をしたというより、させてもらう環境を作っていただいていました。石巻までは神姫バスの運転手さんが往復26時間の運転をしてくださり行けたものだし、その資金も「日本を美しくする会」のご支援によるもの。向うについても、掃除しやすいように、牡鹿ボランティアセンターの方が防塵マスクやヘルメットなどを用意してくださり、すべてが揃っている状態でした。

 ボランティアをするのではなくて、させてもらいました。キレイにすることの意味よりも、被災地という立場を通して、学ばなければいけないことを多く感じさせてもらいました。

 当日は、大雪に見舞われ、午前中で作業が終了になりました。「なんや、結局、やってへんねやんけ!」とか言われそうですが、そう言うことではないのだと思います。

 被災地に行って、自然の怖さを知った。胸が痛くなりました。

 奈良県には海もなければ、僕の住んでいる奈良市内では大雪に見舞われることもそう多くない。自然に対する脅威を感じる気持ちが薄いというのが否めない事実です。

 谷川小学校はすぐそこに海がありました。ちょっとした時間に校庭から海を眺めましたが、むちゃくちゃ怖かったです。僕らが途中で引き揚げたのは雪の影響ですが、あの寒さ、真横に吹雪く雪は、日頃感じる自然への対面ではなかったです。

 貴重な体験をさせていただきました。

 今回もたくさんの先生方、あるいは、先生を目指す学生たちが参加されていました。道中のバスでは、自己紹介&体験発表があるのですが、みなさん、よく勉強されているなぁと感心します。

 おそらくですが、出席されている方の多くは、今の社会、どこかに異変を感じ、行動されているのだと思います。教師と言う以上に重要な立場であるということを重く認識されているのではないかと推察します。

 授業が終わった直後に、集合場所へと向かい、休みを犠牲にして被災地に行く。なかなか、できたことではないと思います。

 年齢のお若い方は、今、どうなるというわけではないと思いますが、数年後には、大きなうねりとなって彼らの活動が実を結ぶ日が来るのだろうと思います。根を張り、栄養を蓄えているんでしょうね。

 みんな熱心です。頭でっかちになるのも良くはないですが、色んなことを考え、経験を積むことは必要だと思います。

 被災地に行けば良くて、行かないのがいけないということは決してありませんが、

 「学び」「気付き」

 という部分においては、メディアの人間にも、ああいう姿勢は見習わないといけません。

 損得抜きに、汗をかくことも重要かと思います。

 被災地に学ぶ会の世話人の皆様、参加された皆様、神姫バスのドライバーの方々、牡鹿ボランティアセンターの方々、谷川小学校の校長先生。

 ありがとうございました。

Written by 氏原 英明

2012年2月27日 1:30 pm

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ウルトラマン

 どうも、こんばんは。

 深夜に失礼します。

 今さらの話なのですが、昨年、「家政婦のミタ」っていうドラマが流行りましたよね。僕も、見ていました。日頃は、ドラマをあんまり見ないクチなのですが、たまたま、誰かが見ているのを横で見ていて、はまってしまったのです。

 面白いドラマでしたね。

 知ってます?あのドラマ。最後の方は、人気が出過ぎて、ちょっと面白くなくなりましたけど、ある家庭が抱える難題に、家政婦のミタさんが、お助けマンとなって、解決してくれるんです。

 ちょっと無茶やろっていうのも、ミタさんに掛かればおかまいなし。いじめやら、家庭のデリケートな悩みなど、なんでもミタさんだ「承知」してくれた。

 昔っから、日本人(いや人間かな?)はこういうのが好きなんですよね。

 お助けマン、強い味方…いわゆる、正義の味方みたいな存在っていうんかなぁ。

 ウルトラマンだって、アンパンマンだって、孫悟空だってそうだと思うんですけど、怪獣が地球をあらして、困っているところをやっつけてくれる。ピッコロが地球を征服しようとしたのを、孫悟空が倒してくれる。正義の味方の存在が、いつも心のよりどころにある。

 そんな気がします。

 混迷を極める今の世の中、必要としているのは、実はウルトラマンのような、正義の味方なのではないか。そんなことを想います。

 政治家たちの「世の中のために」という政策などは、どれひとつとして、心に響くものがなく。かといって、野党の各政治家たちの言葉も、たいして変わんない。日本国民にとって、彼らの話す言葉や立ち居振る舞いに、正義の味方のような存在感を感じ得ないからなのだろう。

 日本国、今、あらゆる分野で行き詰っていると思うが、ウルトラマンがいないんじゃないか。

 だから、ミタの存在に、視聴者は心を打たれたのだ。

 正義の味方の登場が待ち遠しい。

 無責任かもしれないが、今、必要なのは、お金ではなく、ウルトラマンなのだ。

 つまらん、日記ですいません。

 明日の夜から石巻に行ってきます。

 でわ。

 

Written by 氏原 英明

2012年2月24日 1:31 am

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