〜心で書く!〜 氏原英明 公式ブログ

フリーライター・氏原英明のblog。当サイト上にある日記の記事の無断転載を禁じます。

BASEBALL FAN

センバツ選考

 週末と昨日、野球界の新しい動きの取材に奔走していたために、センバツ高校野球のことを語るのを忘れていました。野球界の新しい動きについては、コラム書くので、参考にしていただくとして、今日は、センバツについて語ろうと思います。

 今年も行ってきましたよ!

 選抜選考委員会!
 
 もとい!

 センバツ選考委員会!

 ハイハイ、相変わらずの落としたい学校を決めた時の、酷評には「高校野球が教育の一環である」というキャッチフレーズを忘れさせてくれます。本当に、この人たちは教育者なのか、と感じずにはいられません。

 すべてのチームに、「選んであげたいチームだった」くらいの言葉を掛けて欲しいですね。

 顔ぶれはというと、ここ数年でないくらいの豪華な陣容じゃないでしょうか。何より、東北勢の顔ぶれがワクワク感満載です。

 光星学院、聖光学院、花巻東。

 今の時代をリードする東北3校じゃないですか!

 近畿は、奈良2強と大阪2強が出てきます。

 東海からは愛工大名電と三重、九州からは九州学院が出てきます。関東は、横浜が智弁学園への雪辱に燃えているのではないかと想像できますね。ちまたでは、この1、2年の高知のレベルが逸材ぞろいで高いそうですが、高知高校が出てきます。

 もちろん、話題校もありそうですが…

 花巻東・大谷、愛工大名電・浜田、大阪桐蔭・藤浪、智弁学園・青山

 BIG3プラスワンだそうですね。

 僕的には、花巻東の大谷が抜けているんじゃないかと思います。

 残りの3人は確かに逸材と呼ばれる選手ですけど、大谷は別格な気がします。

 まぁ、面白い大会になるのではないでしょうか。

 ただ、今年は寒いので、選手のみなさんの身体が心配です。故障しないように、たかだか、高校3年の大会にすぎない。人生がここで終わるわけではない。もっと先があるのだから、大会が盛り下がろうが、くれぐれも、身体のケアーを十分にしてくださいね。

 高野連や主催者は、そんなこと、なんちゃ気にしていないでしょうけどね。

 ここでブログを終わってしまうと、平和なので、苦言をひとつ。

 選考委員会で、落選の理由の一つに「同一県三校は選ばない」を口にするケースが何年かに一度のペースで起こります。今年は奈良県の奈良大付がそういうことを言われていたんですけど、準々決勝で負けているんだからそれが理由でいいじゃんと思うわけです。

 でも、なぜか、選考委員は、そんなことを口にするんです。

 これいったら、アカンと思うんです。もし、同一県3校がだめなら、なぜ、地区大会に3校も出すんですか?大会自体の方式が間違っているのではないでしょうか?もしくは、、3校が勝ち上がってしまうような組み合わせにしたらイカンですよね。

 それだったら、中国大会のようにするべきでしょう。中国大会は4校が出る県は、一つ勝ったら、同県の1位と4位、2位と3位がぶつかってます。3校の場合は、1位と3位。

 「同一県3校は…」は理由にするべきではない。近畿大会での成績が準々決勝で終わったので…。近江が天理に大敗したので…。

 近畿の選考、実は面白かったんですよ。

 選抜された学校は、前評判通りだったんですけど、細かく見ると、ちょっと違ったんです。(どっかの新聞社がツイッターで、出場校を速報でフツーに流していたんですけど、全然、わかっていなかった。感性ないから仕方ないけど)。

 問題は順番。

 優勝の智弁、準優勝の天理、準決勝敗退の履正社、って普通に選ばれて行ったのに、4番目は同じく準決勝敗退の近江ではなかったんです。大阪桐蔭が先に選ばれた。

 これ、近畿の選考委員、ときどきやるんですよ。ベスト4が当確って言われていますけど、順序までは決めていないんです。そこをいじくる。

 でね、今回の選考、たとえ、同一県3校が可能だったとしても、奈良大付の選出が薄いってことが、この順序からも見て取れるんです。

 近畿の選考員は智弁、天理、履正社を、文句なく評価した。あとは準々決勝敗退から初戦敗退校を含めて、横一線で並べた。

 その中で、先に大阪桐蔭を評価した。

 ってことは、天理が評価されているってことなんです。大阪桐蔭は準々決勝で負けたけど、天理は準決勝で近江に大勝している。準優勝。そんなチームに負けただけで、評価をさげる必要はないということなんです。

 補欠校に立命館が選ばれていることからも、それは伺えますよね。立命館は初戦で天理に負けましたが、延長戦を戦っているんです。

 ややもすると、ですよ。仮定の話にまりますが、決勝のスコアは天理の1点差負けですけど、もし逆だったら、近江の落選もありえたんではないか、ということになるんですよ。立命館が選ばれていた、と。

 それくらい、味のある順位付け、選考していた。

 にもかかわらず、

 選考委員は奈良大付を「同一県三校」で落選という言い方をしたんですよね~。
 
 実に、もったいない。

 ということで、奈良大付のみなさん、夏、頑張りましょう。

 センバツ選考はいつも物議をかもします。なんで、その学校がとか、あります。今年もありました。みんなが想っていることなんで、あえて言わないですけどね。

 でも、ちゃんとした選考をやっているところもあるんです。

 寒い時期に野球をやるのは子供たちの身体には良くないとかいうセンバツのあり方の問題とは、別として、ちゃんとした選考を報じないと。

 そこらへん、どこのメディアもちゃんと報じないので、困ったちゃんです。

 

  

 

 

Written by 氏原 英明

2012年1月31日 12:14 pm

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どういう人間であるべきか。

 東京です。

 プロスペクト主催のベースボールミーティングに参加してきました。

 講師・小島さんの、今回のテーマは「育成」。

 育成と聞いて、野球界には、あんまりピンとこない言葉なのかなという気がしました。

 人それぞれ、成長の段階は違っていて、その子に合わせてプログラムを作って、育てていくのが育成なのだと思いますけど、そんなの、日本の野球界にあんのかかぁ?

 なんか、どの人も、「俺は~を育てた」、とか、「プロ野球選手を指導している」とか、なんか、自分の功績みたいなものにしがみついて言葉を発しているだけで、育成のことを本気で考えている人っていないと思う。

 「どの人も、自分はこうしたい、あーしたい、なんですよ。子供のためにとかいう言葉が出てこない」

 と小島さんはおっしゃられていました。
 
 指導する立場の人間に、まず問題があると思いますね。

 別に、今回の出席者が悪いということではないですよ。野球界全体の話です。

 話が少し変わるんですけど、最近、気付いたことがあります。野球界の人って、野球の話しかできない人がすごく多いと思うんですよね。スカウトなんかと話ししていても、感じる。

 例えば、色んなニュースから発想を、そこから話が膨らむって言うことがない。

 小島さんとお話しさせていただいてて感じるのは、いろんな話が出てくると言うことなんですよね。すごく多岐にわたってる。サッカー界の話もよくするし、原発、TPPにしてもそう、最近起きた殺人事件とか、資本主義とは、とか、アメリカ的資本主義は、とか。あと、行動学なんかも。。

 だから、視野が広いし、物事の考え方が深い、発想も豊か。

 でも、これって、誰しも必要だと思う。

 特に、人の上に立って、何か影響力を持つ人は。

 野球の話しかできない人に指導を受けるって、すごく不幸なことだなって思う。

 そう思う一方で、自分も、もっともっと勉強して行かなくちゃって思います。

 PS で、今、読んでいる本が「原子力戦争」(田原総一郎著)。実は、これ、小島さんから「田原総一郎は30年前に原発はダメだって言ってたんだ。今、彼の行っていたことが正しかったということになっている。読んでみるといいよ」いっていただいて、AMAZONで購入したんだけど、本を読んでいると、原発推進派のジャーナリストとかいて感じることもある。目先の利益で悪いことを良いこととして発言しているのってすごく危険やなって。今の目先の利益だけを求めて、野球界にとって良くないことを発信していたら、あかんなって思います。一二三の打者転向は野球界に取って悲劇なんだよ!

Written by 氏原 英明

2012年1月29日 2:06 pm

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ダルビッシュの会見に想う、野球界にとって大事なこと。

 ダルビッシュが日本で記者会見をしましたね。

 ええ顔でしたね。記者の質問にも、嫌な顔をせずに、清々しかったです。

 色んな番組でも取り上げられていましたけど、ダルビッシュが打者陣に苦言を呈したとか。「勝負がしたいんです」と。ニュースとかでは、日本の野手陣しっかりしろ的な、取り上げ方ですけど、違うと思うなぁ。あれは、日本の野球界全体へのメッセージだと僕は思いました。

 小さな世界で満足してんじゃねぇ!って。もっと、世の中には広い世界があって、どんどん上を目指してやっていくべきなんだということを、彼の言葉からは感じました。

 ダルビッシュがメジャーに行くことで、ノムさんをはじめ、多くの古い「考え」の人がいいます。

 「有力な選手たちがメジャーに流出すれば、日本の野球が面白くなくなる」

 ファンが減るんだとか。

 本当にそうなんでしょうか?どの分野でも、世界に挑戦したりってことが普通にありますけど、それらの競技、あるいは、分野で、世界に挑戦したことで、魅力がなくなったものってありますかね?

 野球だって、Jリーグに人気に押されて、観客数を激しく減らしていた時期があったけど、それが回復されたのって、野茂がアメリカで活躍してからなんですよね。

 日本の野球がアメリカで認められて、日本の野球界は自信を持ったし、色んな人に日本の野球がレベルが高いということを知らしめたんです。だから、人気も回復した。

 ダルビッシュが出ていったって、また出てくるかもしれないじゃないですか。

 大切なのはダルビッシュのようなスターが出ていくことじゃなくて、スターが出ていった時に、次なるスターが誕生する環境を整えることなのではないかと僕は思います。

 で、出ていった選手が活躍することが大きな活力になるんです。

 セレッソ大阪が良い例ですよね。

 J2得点王の香川がドルトムントに移籍した。そして、彼は向こうで大活躍した。

 セレッソ大阪は、今、J1でそこそこの成績を残しているし、清武をはじめ、たくさんの選手が代表、あるいは、下のカテゴリーで日の丸を背負う選手が出てきている。

 今の日本、アマチュア野球が抱えている問題は多いですよね。

 このままいったら、、、

 スターは生まれてこない。

 それくらいの時期にきています。

 先日も、甲子園準優勝投手が怪我を理由に投手を断念して、打者に転向しましたが、あんなことが日常茶飯事的に野球界では起こっているんですよ。

 能力があるのに、怪我やメディアに取り上げられすぎてカン違いして潰れてしまった選手とか、ゴロゴロいてる。

 流出を防ぐことよりも、スターというか、逸材が出てくる環境を作ることが大事。

 はやく野球界がそのことに気付かなければいけないと思います。

 

Written by 氏原 英明

2012年1月25日 12:08 pm

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自らの意思で。

 どもども。

 今日は堺ビッグボーイズの南花台グラウンドに行ってきました。

 スーパーバイザーの小島圭市さんが指導に来られる日でして、大切なことを伝えられていました。

 小島さんには何度もお会いさせていただいておりますが、いつも、思うことがあります。

 野球界にいて、これほど「野球以外」の話をできる人っていたっけなぁ~??って。

 ドジャースのスカウトをされているから、「アメリカ的」と簡単にくくられますが、それだけではない。見識が広く、時事問題など、様々な事象に対して、独自の考えを持っている。

 残念ながら、日本の野球界の人とは、そんな話にすらなりません。

 比較するつもりはありませんが、小島さんとお会いするたび、自分も、もっともっと「野球以外」を勉強しないといけないなぁと強く思います。

 さて、そんなビッグボーイズナインですが、今日も、前向きに取り組んでいました。

 彼らを見ていて思うのは、「自分たちの意思」で動いているということ。以前からも何度も書いていると思いますが、「やらされ」感がない。自分たちでノックを受けたいから、グラウンドに立っていて、だからこそ、常に積極的。

 自ら動こうと言う意思をもって動いた人間は強いですよね。

 人のせいにしない。

 今、日本全体は、何かに責任を押し付けてますよね。政治家が悪いとか、「○○が悪い」とか。欲ばかりが先行して、自分からは何も動こうとしない。自分に意思がないから、人のするですけど、それじゃ人生は変わらない。

 野球を通して意思を持つことの重要性を学んだ子が将来、どんな人生を歩むのか。

 非常に楽しみです。

 今日、気づいた子なんですけど、ビッグボーイズの子は練習の切り替えが速い。例えばバッティングの準備をするのでも、なんでも、早いんですよね。

 気づいてさっとやる。人任せにしない。

 これも、意思のある集団だからなのだと思いました。

 

Written by 氏原 英明

2012年1月21日 6:41 pm

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欲を言いだしたらキリがない!

 お通夜・お葬式も終わり、落ちつきました。通常業務を再開しております。

 ご迷惑、もしくは連絡が不行届きになっている皆さま、大変ご迷惑をおかけしております。

 身近にいた祖父が死去したということで、悲しみや考えることも多くありましたが、前にすすまなければなりません。当分の懸念は、一人になった祖母のために、できることは何かを考えることです。

 以前にも書きましたが、祖母は認知症です。一人くらい、家で面倒見たれよ!ってお思いでしょうが、認知症はそうそう簡単ではありません。何より、寝ないし。寝たとしても、パッと目をあけると、それが朝だと思いこんじゃい、化粧とかしてしまいます。プロの介護ができない人間では、どうにもこうにもいかないんです。

 知人のお母さんが、祖母を介護してて、先にお母さんが倒れたと言う話を聞いたことありますが、何となく、わかる気がします。

 かくいう私の母も、以前、それで睡眠時間が大きく削られて、身体を壊し、入院しました。そのことを、うちの一家はみんな知っているから、介護をすることがそんな簡単じゃないという認識で一致しているし、母が倒れるための介護じゃ、本末転倒だと思っている。

 ところが、祖母は、なんか、いろんな施設を転々としています。

 去年の半ばくらいまでは西大寺のグループホームにいた。すごくいい感じのとこだった。去年のブログにも書いたと思うんですけど、介護士と患者やその家族との距離感が近くてね。若い子らでやっているけど、それを感じさせない空気が、僕には良く感じられた。

 しかし、そこを出てしまった。もっと良い環境を求めてのことだと思うけど、多少なりとも不満もあったのだと聞く。もちろん、金銭的なものもあるし、特養に入れれば、もっと良いサービスが受けられるというのがあったのだろう。

 僕は反対だった。金銭面的なことは分からないけど。組織が大きくなると、一人の患者に対する接し方が雑になると思ったから。小型店舗と大型店との違いっていうんかな。大学時代にバイトで大型店と小型店でバイトしてたから、その違いがよくわかった。小型店は、ほんと、お客さんとの距離が近くて、大きな売り上げはないけど、安心感とか、それはあった。

 まぁ、そんなことを僕が言うわけもなく…たかだか、孫なので、意見を言う立場にない。

 で、今になって、その新しいところは不満だそうだ。祖父が亡くなった今、そこを出たいとそうだ。(といっても、祖母が出たいいっているわけではない)。また、以前にいた西大寺が、今になって良かったという意見が出ているとか…

 その意見は分からなくもないんやが、欲を言い出したらキリがない。いいところに行っても、それはそれでよくが出てきて、あーしてほしい、こうしてほしいと繰り返すだけのような気がする。

 僕から見る、祖母は、どっちにいても楽しそうだ。祖母なりの人間関係を築いていて、楽しんでいる。西大寺を出た時に、介護士の方が送別してくれて、祖母は号泣していた。あの涙を見た時に、僕らにはわからない楽しみ方を祖母はしていたんだと思う。

 ここをもっとこうしたらなと思う事も感じたりはしたけど、でも、それはこっちが勝手に想っているだけで、祖母は祖母なりの人生を歩んでいるのだろう。

 姉貴と義理の姉が鋭いことを言っていた。

 「おばあちゃんは、母やおばちゃんがいる時といない時では、全然、人が違う」

 なぜ、そうなるのかというと、祖母は母や叔母がいると、依存してしまうんですよね。娘だから、当たり前ですよね。でも、依存してしまうことで、祖母は自分で何かをしようと言う考える機能をストップさせてしまう。母や叔母に身を任せなければいけなくなるから、思考能力が低下する。だから、同じことを繰り返して言うしかなくなるのだと思う。

 一人だと、介護士の力を借りながらでも、何とか自分で生きようとする。それが人間の本来ある姿なのだが、あーしてほしい、こうしてほしいと外野が想うばっかりに、余計に、祖母の人生を狭めていることだってあるのかもしれないなぁと、最近、そんなことを感じます。。

 野球チームにもありますよね。

 いい選手をとっても、とっても、勝てないチーム。補強ばかり考えて、補強したら、今度はこっちが足りないといいだす。そして、そこを補強したら、今度はこっちが足りないという。今ある環境で、頭を働かせてどう組織を上手く機能させていくか。そこを改善しないとなにも変わらないんやけど、ずっと欲張った話しかしない。

 欲を言いだしたらきりがない、何事も!

 ないものを願うよりも、今あるものを大切にしていく。どう生きていくかを考えていく。

 祖母を見守る中で、人生においての訓示をもらっているような気がする。
 

 

 

 
 

Written by 氏原 英明

2012年1月18日 1:12 am

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本物の強さ。

 今日、取材から家に帰ってくると、弔問に来てくださった方がいました。

 昔、八尾に住んでいた時に、ご近所だった方です。

 長女同士が同級生で、末っ子同士が同級生。

 いわば、幼馴染ってやつです。

 僕の同級生は仕事で来ていなかったのですが、久々にお会いでき、懐かしかったです。

 これ、みんなどう思っているかは分からないんですけど、幼少期の姉の同級生って、なんか、憧れのまなざしで見ませんか?僕だけかな?

 小さい時から姉が高校生くらいまでは、なんか、姉貴の同級生とお会いするたび、「大人の女性」とは言わないまでも、なんか、一目置いてしまいます。姉を尊敬しているからとかではなく、なんとなく、なのですが…。

 今回、来てくださった姉貴の同級生は、「僕の記憶上」では、一番最初に、そう思った人でした。姉ちゃんの同級生なんだ―すげぇって。憧れの人です。

 でも、その方、ちょっと今は病気をお持ちなんですって。ちょっとショックではあるんですけど、普段はあまりお家を出られないほどだそうな。

 それなのに、弔問に来てくださった。

 「今日は体調が良かったから」

 らしいのですが、病と闘う中で、「おじいちゃんの顔を見たい」と思ってくださった。その優しさ。

 すごく、強さを感じました。

  祖母が認知症なのは、以前にも話しましたが、今回のことで一番かわいそうなのは祖母です。旦那を亡くしたということもそうなのですが、それ以上に、「夫が死んだ」ということをはっきり理解できていないんですね。そのことが一層、可哀そうです。

 祖母と話をすると、同じ話しの繰り返しです。

 「もうお昼ご飯やな」「お父さん起こしてこなあかん」「お父さん、元気になるかな」

 あんまりハッキリ言うのもアレなんで、言葉を選びながらいうのですが、僕なんかは、優しくないので、疲れてきます。

 しかし、姉や同級生の従姉妹なんかは、何回も、丁寧に、応えています。

 「もうすぐ、お昼やね、今、準備してるからね」「おじいちゃん、今、疲れてるから起こさなくていいんだよ」「おじいちゃん、がんばったからね」

 何度も、何度も、繰り返し応えています。

 ああいう優しさを見ていると、強さを感じますね。

 強さとは優しさなんですよ、きっと。

 格闘技NO1とか、意見を堂々というとか、気合の入ったガッツポーズとか、そんなの全然強さじゃない。

 優しさが本物の強さ、そんな気がしています。

Written by 氏原 英明

2012年1月14日 2:11 am

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名づけの親、天へ!

 つい、この前までは永遠にないと思っていたけど、でも、実際にはやってくる瞬間。

 やってきてほしくない瞬間がやってきてしまいました。

 祖父が昨夕、亡くなりました。89歳でした。

 幸いなのか、その瞬間、僕は、傍にいました。

 呼吸は止まっても、10数分、心臓が止まらないという、脅威の心臓力を祖父は見せてくれましたが、祖母、母、叔母に見守られながら、静かに動くことを止めました。

 祖父は幸せやったと思います。

 末っ子として、兄弟、家族に可愛がられ、通信兵という立場ではありましたが、第二次世界大戦で出兵。敗戦は中国で知りました。そこから佐世保港へ渡って、電車で地元の奈良県、広陵町へと帰って来たのですが、帰国した時には、祖父の母は亡くなっていました。

 お母さんが大好きだったと言う祖父だったそうですが、母死去の事実は、祖父の母親愛を知っていた兄弟により隠ぺいされたものの、「みんなが必死に隠しているのが分かって」(祖父談)自分から、「お母ちゃん、死んだんやろ」とみんなを安心させたそうです。

 生前の祖父から100万回くらい聞かされた話ですが、人の心が分かる人なんだなぁと、いつも思っていました。

 そんな祖父との思い出ですが…

 結構、ありますよぉ。

 まず、小学校1学年の時、僕は無邪気にも、サンタクロースの存在を信じていたのですが、正確のひねくれた兄によって、ばらされました。

 確か、ファミコンのソフトを僕はサンタさんにお願いしていて、クリスマス間近に、兄貴が発見したんですね。棚の上に置いてあるのを。

 それで、食後のまったりとした時間に、兄が「サンタクロースはおじいちゃんやぞ!あっこに、ファミコンのソフトが置いてある」と指差した。

 嘘やろ!と思ったのですが、その様子を見た祖父が真っ赤な顔をして、そのソフトを持っていったのです。あの真っ赤な祖父の顔で、「サンタクロースはいねぇんだ」と悟りました。

 ブラジルから帰国して3年生になるまでは八尾で、祖父と祖母と同居していたのですが、小学校3年生の2学期に奈良へ、うちの一家だけ引っ越してきました。父いわく、祖父母も誘ったそうですが、低調に断られたとか。

 それからというもの、僕に取って、祖父の家は、遊びに行く場所の一つになりました。休みを使って遊びに行くのですが、そんな時には必ず、祖父が最寄りの山本駅まで迎えに来てくれていました。布施で電話を入れることになっているのですが、一度たりとも、遅れたことがありません。

 駅から祖父の自転車の後ろに乗って、家まで運んでくれるのです。当時の僕は身体が小さかったから(高校から大きくなった)、祖父の背中は風よけになって大きかったです。家に着いたら、夏だとクーラーがしっかりついていて、三ツ矢サイダーをくれました。

 ゲームしたり、祖父の家にあったゴルフのパターをしたり、近所にいとこが住んでいたので、一緒に遊んだり、していましたね。

 で、帰る時は、また、祖父の自転車の後ろに乗って、駅まで行くのです。あんな快適な、自転車はなかったです(笑)

 高校の時、父が仕事でイタリアに長期赴任をしていて、ある夏休み、母が父のもとへ、遊びに行ったことがありました。姉も、イタリア留学していたため、家にいたのは、僕と兄貴の身、そんな時は、祖父と祖母がうちに泊まりに来て、世話をしてくれていました。

 祖父は極度の痛がりでした。。ちょっとの痛みでも、重症であるかのように、みなに訴える人でした。

 その夏休み、祖父が庭で、蜂に刺されたことがありました。右手の甲。かなり晴れてました。一緒にスイカを食べようとしたときのこと、祖父はあまりに痛かったために、左手で食べていたんですね。そしたら、祖母が一喝!「それくらいで大げさに、何してますのん!」。次の瞬間から、普通に右手で食べてました。

 そんな祖父のプライオリティ―は、常に、祖母でした。溺愛ぶりがハンパなかったです。晩年、祖母が何をするにも、どこに行くにも、祖父がいました。病院は当然だし、ちょっと髪をカットするだけでも、ついていきましたし、極めつけは祖母の同窓会にまでついていってました。

 祖母は、そんな祖父が大好きでした。ともに、溺愛ぶりがハンパなかったんです。姉貴が、自分の結婚式の花嫁の手紙で、こんなことを読み上げました。

 「おじいちゃんとおばあちゃんみたいな夫婦になりたい」

 祖父と祖母が大喜びしていた笑顔が今も忘れられないですね。

 04年の夏、僕がフリーになって、初めて週刊ベースボールの増刊号・選手権大会の予選展望号にチームルポを書いたことがありました。大会のインサイドストーリーは前年に書いていたのですが、ベース社でしかも、ルポルタージュを書いた初の記事だったので、それを祖父に上げました。

 「なにか、文章、おかしなところあったら教えて」

 と、僕がいうと、祖父は「本気で」訂正してくれました(苦笑)

 今も捨てずに残しています。

 85歳を過ぎて、認知症が始まってからは、良く泣く祖父になってました。グループホームや入院先、特養に僕が顔を出すと、100%に近い確率で泣いてくれました。(聞けば、誰が来ても、なくそうでしたが)

 89年。良く生きてくれました。

 祖父の心は母に受け継がれ、そして、僕にも受け継がれていることでしょう。

 そう思って、これから生きていこうと思います。

 今日は、暗い日記ですいませ~~ん。

 こんな感じです。

 仕事は明日からもしっかりと動きます。

 ※お通夜・お葬式は近親者だけで執り行うつもりです。ご心配、ありがとうございます。

 

Written by 氏原 英明

2012年1月13日 1:22 am

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もってる。

 いやいや、結構、できるもんですね。

 徹夜。

 先日のお泊り祖父の看病、務めあげました。祖父の顔を見ていると泣けてきますねぇ。昔は、よく怒られたし。。。

 そんな祖父ですが、容態は良くないです。主治医曰く

 「もってる」だそうです。

 普通なら、亡くなっていてもおかしくないのだとか。「よくもってる」だそうです。なので、この1週間、持つかどうか。なので、いろんな予定が狂い始めています。

 それはそうと、様々、更新されているので、お知らせいたします。みなさんから要望の多かった「人間力×高校野球」。ここで、一度、総括をしてみました。お読みいただき、感想をお寄せいただけると、幸いです。「人間力」のこのコラムも、ちょっと新たな方向性を見つけていきたいと思います。一つの形にしたいですなぁ。そろそろ。

 第17回 【総決算号】高校野球から学ぶ日本人の見えないチカラ 

 ライバル校・冬の実況中継
 滋賀県立・石山高校
 

 楽天・田中将大と広島・前田健太。
 邂逅の日を待ちわびる2人のエース。

 日刊スポーツ出版社
 「アマチュア野球32」

 ※大阪桐蔭・藤浪晋太郎、大体大・松葉貴広などについて、書いています。

Written by 氏原 英明

2012年1月11日 8:36 pm

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名づけの親。

 
 新年の連発更新以来のご無沙汰です。

 仕事が始まったと思ったら連休があり、みなさま、メンタルコントロールが難しいかと存じ上げます。

 さて、私のほうは、昨日、三重県の津市まで行ってきました。

 何をしていたかと言いますと、中日5位指名の川崎貴弘選手の激励会に招待をいただいたので、出席してきました。東海ライターの尾関さんにお会いできたり、僕のブログを読んでくださっている方から、声を掛けてもらったり、充実の一日でした。

 その川崎選手は、、、、さすがですねぇ。

 決意表明のあいさつで、彼はこう言っていました。

 「僕は雑誌や新聞のインタビューなどで、1年目は身体を作って、3年目に一軍で勝負できるようにと言ってきましたが、(中略)1年目から一軍を目指したい」

 おそらく、88世代のトーク番組の影響でも受けたのではないかと推測しますが、僕がさすがやなって思ったのは、中略の前の部分。自分のコメントが変わったことを先に言ったんですね。そこに感心しました。

 自分はこう応えてきた。でも、変わった。

 取材してくれた人への配慮でもあるし、自分がどう喋ってきたかというのを、彼自身、認識しているということなんです。取材をしていると、自分が何をしゃべったかも覚えていない人を見かけますが、これは、彼に芯があると言うことを示しているのではないかと思います。

 期待をせずに、川崎選手のプロでの奮闘を楽しみにしていたいと思います。

 で、これからの僕ですが、間もなく、病院に向かいます。

 というのも、先月から89歳の祖父が肺炎のため、入院しておりまして、だいぶ苦しい状況が続いています。

 呼吸が弱く、酸素マスクの力に頼らざるをえません。痰がたまると、呼吸はさらに弱まり…。寝返りを打って、酸素マスクが外れることもあったりで…

 要するに、僕はそれを防ぎに行くという大役を頂いたというわけです。看護師さんも、忙しいですし、数時間おきに痰を取りに来てはくれますが、こまめにくることはできません。ですので、誰かの手がいる。

 また、祖父がふと眼をあけた時に、近親者がいた方が、祖父も寂しくないやろうし…。

 ということで、3日前から、祖父に誰かが付くと言う体制を取っています。僕は、そのお手伝いをさせていただく。何とも、ありがたいことです。
 

 深夜中、寝ていけないわけではないのですが、朝方までは起きていると思います。

 いい機会なんですよね。例えば、昨夜は父が行きました。父はほとんど毎日、お酒を飲んでいたのですが、この大役を果たすため、行く日はお酒を飲みません。“休肝日”ができたのです。

 僕は、酒飲みではないので、その必要はありませんが、祖父の様子を見ながら、感じること、気づくこと、あると思うので、貴重な時間を生かしたいと思います。

 しかし、病院っていうのは、知り過ぎてしまっているんでしょうね。こーなったら、あーなるってさ。対応が悪いとは決して思いませんが、なんか、流れ作業的な感じは否めません。

 人の命であっても…

 まぁ、そういうのも含めて勉強なのかなと思います。

 20を超えてから、結婚式の出席も増え、姉の出産やいいことも経験させてもらいましたけど、30代40代になっていくと、看取ることも増えてくる。

 祖父や祖母が、認知症になって施設に入り始めた時から、将来は父や母が、その将来には姉や兄が、そして、自分がこうなるんかなぁって想像し始めていくと気が重くもなるんですけど、でも、だからこそ、もっと一生懸命生きようって思えたりもするので、それら全てをひっくるめて「生きる」ってことなんだろうと思います。

 仕事の質を落とさずに、その上で、僕の名前「英明」の名付け親である祖父の「生きる」を見つめていきたいと思います。

 と気障なことをいいつつ、僕の時に、危篤にならないでよって思う自分がおります。

 あー情けなや。

 
 

Written by 氏原 英明

2012年1月8日 7:20 pm

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メッセンジャーとして。

  http://www.youtube.com/watch?v=ZrNffyuCFik&feature=related 
  相変わらず、長渕剛を引きづっております。

 この1年、長渕剛が何をしてきたのか、ネットで色々見ています。

 彼が凄いのは言うまでもないんですが、この1年、自分は何をしてきたんやろって考えさせられますね。
 長渕さんはシンガーソングライターで、発信し続けてきた。あるインタビューでは「唄が必要かって問いかけたかった」と長渕さんは応えていました。答えのあるところに行くのではなく、とりあえずやってみて、自分の出来ることを探していく。

 彼はシンガーソングライター、僕はスポーツライターのはしくれ。

 大衆にメッセージを発信すると言う意味では同じ世界にいるといってもいい。活動できる範囲が違うとはいえ、この1年間を振り返ると、自分は何もやってきて来なかぁと残念な気持ちになります。

 むしろ、僕らスポーツのメディアがやってきたことと言うのは「被災地のために」という言葉を使って、高校球児にプレッシャーを掛けてきただけではないのかとさえも……。

 これから、この仕事を通してできることは何だろうか。問いかけていきたいなぁと思います。

Written by 氏原 英明

2012年1月3日 11:44 am

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